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第四章 動き出した時間 場面二 アウグストゥスの招待状(一)

 デザートも終わり、宴はお開きになった。アントニアらと共に部屋を出ようとしたドゥルーススは、アウグストゥスに呼び止められた。相変わらず質素と形容してもいい服を身につけた第一人者は、特有の灰色の穏やかな眸でドゥルーススを見つめる。

「少しだけよいか」

「はい」

 ドゥルーススが応えると、アントニアはアウグストゥスに向かって少しだけ頭を下げ、先に退出していった。アウグストゥスはドゥルーススを促し、食堂を出る。そのまま、かがり火に照らされた回廊を並んで歩いた。春先の空気は、まだかなり冷たい。

「あの男とは、うまくやっているようだな」

 アウグストゥスは静かに言う。ドゥルーススはどう答えようか少し迷ったが、結局「はい」と答えた。

返答のあまりの素直さがおかしかったのだろうか。アウグストゥスはわずかに苦笑する。

「もう、恨みはないのか」

 中庭に降りながら、アウグストゥスが尋ねた。ドゥルーススはその後に続く。十五歳になり、急に背が伸びたドゥルーススは、既にこの小柄な第一人者の背を追い越していた。

「………判りません」

 ドゥルーススは少し考え、結局そう答えた。

「「判らない」とは?」

「……うまく言えません。多分、恨んではいないと思います」

「そうか」

 アウグストゥスは呟くように言う。アーモンドの白い花が、夜の中に浮かび上がって見える。今一番美しい時期だ。

 ティベリウスがローマへ戻ってきてから、一年が過ぎている。最初はギクシャクしていた父との関係も、今では随分と変化した。ティベリウスは公職を退いたまま、相変わらずエスクィリヌスに住み続け、ドゥルーススはそれを訪問するという状態が続いている。それでもブルンディシウム(ブリンディシ)のピソの別荘から戻って以来、ドゥルーススは父を訪問することが次第に楽しみになっていった。訪問も月に一度ではなく二度、三度と訪れるようになっている。時には邸を出て戦車競技を見に行ったり、オスティアの港へ行ったり、宴に出席したりする。

 一度、エスクィリヌスに移ってもいいかと尋ねた事がある。父の答えは、今のままアントニアの許で暮らすように、だった。ドゥルーススも強いてそれ以上は言わなかった。

『本当に身勝手な男なら、逆にロードス島に君を伴っただろう』

 父の忠実な友人は言った。

『アウグストゥスと喧嘩して公生活を退いた父親と行動を共にしては、下手をすると君の将来は鎖されてしまう』

 ドゥルーススは恐らく、父を信じてみようと思えたのだ。離れて暮らしていても、父はもう遠い存在ではなかった。だから、大丈夫だと。

 不意に、早春の風が頬を撫でた。

「寒くないですか」

 ドゥルーススが尋ねると、第一人者は軽くかぶりを振った。それから、小さく吐息を洩らす。

「ドゥルースス」

「はい」

 アウグストゥスは視線を向けないまま、思いもかけないことを言った。

「わたしを恨んでいるか?」

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