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第四章 動き出した時間 場面一 羊の群れ(二)

 ティベリウスがサモス島で彼らの軍団と会って間もなく、ガイウス・カエサルと副官を務めていたマルクス・ロリウスの関係が険悪化した。ガイウスはロリウスに絶交を宣言し、ロリウスは自ら命を絶ってしまった。代わって副官の地位に就いたのがクィリニウスだ。ティベリウスは彼に心から同情した。物静かだが、責任感や使命感は群を抜いていた。今の状況はとても耐えられたものではないだろう。

 ガイウスはアルメニアとの交渉に失敗した。高慢な態度でアルメニアの人々を怒らせ、その怒りは暴動にまで発展したのだ。暴動は武力で鎮圧したものの、暴動鎮圧の際に傷まで負ったガイウスは、交渉の失敗にすっかり意気消沈し、あろうことか軍団を棄てて逃亡した。任務の最中であるにもかかわらず、一私人に戻して欲しいとアウグストゥスに嘆願書を送ってきた。第一人者の孫として何の苦労もなく育てられてきたこの若者には、逆境に耐える力はなかったのだ。そして、アウグストゥスの方にも、この孫の失敗を認め、彼を召喚して代わりの総司令官を派遣するといった決断力が欠けていた。総司令官が軍団を放棄して逃亡するなど前代未聞だ。気の毒としか言いようがないのが、クィリニウス以下の軍団兵たちだった。

 ノックの音に、ティベリウスは書簡をたたみ、文箱にしまった。家人に案内され、リウィアが部屋に入ってきた。ティベリウスは母の手を取って挨拶し、椅子を勧めた。リウィアは腰を下ろす。また長い愚痴と小言が始まるのか、とティベリウスは内心うんざりしながら、母の前に掛けた。

 リウィアは初めから苛々した様子を隠さなかった。

「一体、いつまでそうしているつもり?」

 ティベリウスは答えなかった。痺れを切らしたようにリウィアは続けた。

「アウグストゥスに赦しを請いなさい。判っているでしょう?アウグストゥスはそれを待っているわ。アウグストゥスだけではないわ。ローマ中がそれを望んでいるのよ。なのに、お前は一体何を意地を張っているの」

 子供に言うような物言いだった。だが、そういう言い方が案外ふさわしいのかもしれない。 

 ガイウス・カエサルの失敗が明らかになった今、アウグストゥスは苦境にあった。一見気さくで庶民的でも、その実、本質的には孤独なこの第一人者には、右腕となれる人間がいない。ティベリウスはかつてアウグストゥスを助け、外交・行政・軍事共に経験を積んできた。また二十二歳の頃には、アルメニアで同種の任務を成功裏に遂行してもいる。その力を、アウグストゥスは今切実に必要としているはずだ。周囲の目も、次第に変わり始めている。第一人者の不興を買って公生活を退いたかつての凱旋将軍に、人々は再び注目し始めていた。ティベリウスは成功し、ガイウスは失敗した―――一般の人々の認識など、所詮その程度のものであるのだから。

 また、ティベリウスの側でも、ローマ軍の苦境を心から憂慮していた。ティベリウスが大切にしてきた軍団も、そこで任務に尽力するかつての同僚や友人、部下たちも、先の見えない混乱の中にいる。こんな時こそ決断を下さなければならないのが、最高司令官であるアウグストゥスなのだ。最高司令官の不決断ほど、軍団を不安にさせるものはない。アウグストゥスの今の状態は、孫への愛情に目がくらんでいると非難されても仕方がないものだった。事実、そうなのだろうと思う。東方で軍を率いているのがガイウス・カエサルでなければ、もっと早く決断を下せたはずだ。元老院もこの第一人者に勧告なりできただろう。今の元老院には、この第一人者の孫を批判する、その程度の気概さえないのか?

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