第三章 父の友人 場面五 父と息子(二)
理不尽な憤りをぶつけられた義妹は、しばらく黙っていた。それからティベリウスの眸を見つめて言った。
『ドゥルーススの死は、絶対にあなたのせいじゃないわ』
『助けられなかった』
『そんな風に言わないで。あなたは何も間違っていない。死の運命から人を救い出すなんて、あなたにも、他の誰にも出来はしないわ。あなたはあの人を抱いて、あの人の涙を拭って、最期の言葉を聞いて、そしてローマへ届けてくれた。それはあなたにしか出来なかった。あの人は、あなただけを待っていたの』
ティベリウスは動けなかった。義妹は手を伸べ、ティベリウスの頬に触れた。
『もう止めないわ』
アントニアはきっぱりと言った。
『だけど、本当に気をつけて。夫を亡くした上に、あなたまで失いたくはないの。どうか一人では行かないでね。―――お願いよ』
ティベリウスはアントニアの身体を抱いた。弟を喪った時のあの悲しみ、助けられなかったという自責の念と無力感、そしてあの愛しい者がもうこの世にいないのだという喪失感。そして、今、再び大切な者を喪ってしまうのではという、底なしの恐怖感。次々に押し寄せてくる感情が、ティベリウスを外の嵐さながらにかき乱していた。ティベリウスは、嵐の海に翻弄される小船のようだった。
義妹に背を押されたのは、ロードス島に去ったあの時以来、二度目のことだ。アントニアは揺らぐことのない灯台のともし火のように、行く手を照らし、帰る場所を守ってくれた。アントニアは馬と従者を用意し、アウグストゥスにもティベリウスの邸にも使いを送っておくと言い、ピソ邸に着いたら、必ず手紙をくれるようにと念を押した。驚くほどの冷静さだった。
邸を発つ時、ティベリウスは義妹に言った。
『あなたは、並みの男よりもよほど肝が据わっている。恐らく、わたしよりも』
『わたしはあなたに守られているもの。だから何も怖くないわ』
義妹は言った。ティベリウスは義妹の額にキスした。胸に溢れた愛しさとも感謝ともつかぬ大きな想いを、どう形容していいか判らなかった。
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