第三章 父の友人 場面四 父の姿(七)
「君は人に話をさせるのが上手だ」
「そんなことはないです。ピソ殿の話は本当によく判ります」
「ありがとう」
ピソは少し身体を動かしてから、口調を変えた。
「率直に言って、責任ある立場にある者としては、やつのやり方は褒められたものではなかったと思う。元老院議員としても、軍団司令官としても、家長としてもね。だが、先刻も言ったが、やつは当時疲れすぎていた。ドゥルーススが亡くなってから、少しおかしくなったよ。随分痩せて無口になったし、たまに強引に宴に誘い出しても、大抵ぼんやりしていた。わたしを含めて友人たちは、皆やつが心配だったし、いつか何か起こるのではないかと思って内心ハラハラしていた。はっきり言って、やつの忍耐ももう限界だったと思う」
「………」
ドゥルーススは黙っていた。父の事を、そんなふうに話してくれる人は今まで誰もいなかった。ドゥルーススが知っていたのは、ティベリウスがアウグストゥスの命令を拒否したという事、ほとんどそれだけだったのだ。ドゥルーススは尋ねた。
「何故、父は何も話してくれないんでしょう。それに、家人の誰も、ぼくに父の事を話してはくれないんです。ぼくももう子供ではありません。義叔母上は少し話してくれますが、今のような話は、さすがに義叔母とは出来ません」
「わたしの考えでは、一つには、アウグストゥスを批判することを皆が―――そして誰よりもティベリウス自身が憚っていること。もう一つは、やつが自分の気持ちを説明するのが致命的に下手だからだね。わたしだって、何もやつからこんな話を直接聞いたわけじゃない。無論、間違っているかもしれないよ。ただ、わたしはそう解釈してきたというだけの話だ。
言い訳するのが嫌だということもあるだろうが、説明責任を果たすことも場合によっては必要なんだがな。その辺り、あの男は今一つバランス感覚がない。仕様のないやつだ」
ピソはどこか出来の悪い弟の話をするかのように言って、屈託なく笑った。
「やつは君がアウグストゥスやリウィアを大切に愛している事を、とても喜んでいるよ。たとえそれで自分が憎まれても、その方が君のためだと思っている。わたしがこんな話をしたと知ったら、二度と息子に近づくなと言われそうだな。まあ、そんなものは聞き入れる気もないがね」
その時使用人が入ってきて、ティベリウスが入浴を終えたとピソに報告した。ピソは頷く。
「すぐ行く。食事の用意は整っているな?」
「はい」
「下がっていい」
ピソは言い、立ち上がりながら言った。
「仕様のない父君の相手をしてくるよ」
「済みません、本当に何もかも」
ピソはおかしそうに笑う。
「親の不始末を謝られると困るな。―――我々は時間通りに食事をしよう。文巻選びが途中だったろう。マルクスを来させるよ」
「あの、本当にもういいです。ナソもいますし、もしぼくが勝手に動き回るのが不都合なら、誰か家事奴隷を一人貸して頂ければ。これ以上、マルクスに付き添ってもらうわけには行きません」
ナソはローマから連れて来た、ドゥルーススの従者の一人だ。ピソはかぶりを振る。
「それではわたしの気も、あれの気もすまない。すぐに来させるから、待っていてくれ」
踵を返そうとしたピソを、ドゥルーススは呼び止めた。
「ピソ殿」
「何だね」
「何もかも、本当にありがとうございます」
ドゥルーススはそう言って頭を下げた。ピソは戻ってきてドゥルーススの肩に手を置き、足早に部屋を出て行った。




