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第三章 父の友人 場面四 父の姿(六)

「ドゥルースス、やつはアウグストゥスのために本当に努力をしてきた。ティベリウスは、君の母君を心から愛していた。無口な夫婦だったがね。ウィプサーニアの父親だったアグリッパ将軍のことも、軍事面で自分を育ててくれたのは彼だと言って感謝していた。アウグストゥスは、ティベリウスにウィプサーニアと離婚して、アグリッパ将軍の妻であったユリアと結婚するよう命じた。ティベリウスは、恐らくローマのためだとでも言って説得されたんだろう。その話を受けた。わたしは後で話を聞いて、いい加減にしろと思ったよ。アウグストゥスはアグリッパ将軍の時も、離婚させてユリアを娶らせた。今度はティベリウスかと。

 父親を亡くし、ティベリウスと離婚させられたウィプサーニアは、その心労で当時身ごもっていたティベリウスの子を流産してしまった。君の弟か妹になるはずだった子だ。やつは自分を責めたに違いない。だが、ウィプサーニアの事も、夫婦仲がうまくいかなかったユリアのことも、無論アウグストゥスの事も、やつは誰に対しても多分一言の愚痴も不満も、悲しみも苦しみも口にしなかったと思う。そんな男に、わたしはどんな慰めの言葉も口には出来なかったよ」

 自分には弟か妹がいたはずだったのだ。ドゥルーススはその話は知らなかった。だが、それも全て父のせいではないか、と思う反面、父の友人からその話を聞くと、少し違った印象もある。ドゥルーススは、母をずっと可哀想に思ってきた。だが、父もやはり苦しんだのかもしれない、と、やっと少し思えたのだ。

「それからドゥルーススがゲルマニアで亡くなった。ティベリウスはドゥルーススの軍を率いてゲルマニアで戦い、同時にダーウィヌス河南岸からアドリア海沿岸にまで広がる、あの広大なイリュリクムの治安維持のための司令塔の役割も果たし続けた。凱旋式をすると言ってローマに呼び戻され、そのわずか数ヵ月後には反乱が起きたといってゲルマニアに再び送られたティベリウスは、それでも一言もアウグストゥスを批判はしなかった。黙って戦場へ行って戦った。そのやつに対して、アウグストゥスは翌年、ゲルマニアの担当を離れ、東方へ行けと一方的に命じたんだ。

 ティベリウスは、弟の遺志を継いでゲルマニア征服に力を注いできた。征服した地の統治の「地ならし」を、それを征した将軍が務めるのはローマの伝統だ。ましてやまだまだ反乱の絶えないゲルマニアを離れて東方へ行けと言われて、ティベリウスが納得できなかったのは当然だと思う。第一、アウグストゥスは現地をほとんど知らない。卓越した将軍であり、現地の情勢を誰よりもよく知るティベリウスの考えを、もっと尊重してもよかったはずだ」

「………」

 ピソの声にも表情にも、憤りの色があった。ドゥルーススの存在を、一瞬忘れていたのかもしれない。目線はどこか遠くに向けられている。自分でもそのことに気付いたのか、ピソはそこで言葉を切り、ドゥルーススを見ると少し笑った。

「悪いね。つい興奮した。わたしの話は難しくはないかね。君を退屈させてはいないか」

「いえ」

 ドゥルーススは頭を振る。

「どうか、もっと聞かせて下さい。聞きたいです」

 ピソは微笑する。

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