第三章 父の友人 場面四 父の姿(五)
ドゥルーススは戸惑う。ピソは説いて聞かせる口調になった。
「ドゥルースス、本当に身勝手な男だったら、逆にロードス島へ君を伴っただろう。だが、第一人者と喧嘩して公生活を退いた父親と行動を共にしては、下手をすると君の将来は鎖されてしまう。息子を他人に託すのは、とても難しく大変なことだ。アントニアという優れた協力者を得てのこととはいえ、ティベリウスは君の事は完璧に調えて行っただろうし、家長としての役目もきちんと果たし続けたはずだ。主人のいない邸は荒れやすいが、ティベリウスがいなくても、表面上何一つ変わらなかったはずだよ。それには相当の力量が必要だ。わたしにそこまでやれるかというと、父がいてさえちょっと判らない」
ドゥルーススは少し驚く。そんなふうに考えたことはなかった。ピソは続ける。
「必要以上に君に近づかないのも、自分がアウグストゥスの不興を買っていることを気にしているからだ。本当なら一緒に暮らしたいだろうと思うよ。だが、アントニアや家人を信頼して、君を託す方を選んだ。それに君だって、あの男の許よりもアントニアやゲルマニクスの許の方がいくらか気楽だろうしね」
「………」
「それに、ティベリウスは自分やわたしが君に影響を与える事を随分と気にしているよ。一度、二人一緒に邸に来ないかと誘ったんだが断られた。何せ我々は旧世代の遺物と化しつつある、頑固な「共和政信奉者」だから」
しばらくの沈黙の後、ドゥルーススは思い切って尋ねた。
「何故、父はロードス島へ去ったんでしょうか」
ピソはちょっと口をつぐんだ。しばらく無言でドゥルーススを見つめ、嘆息する。
「……さてね。やつは自分からは何も言わないから。だが結局、やつは疲れすぎていたのだと思う。いろんな意味でね」
短い沈黙がある。ピソ自身、どう説明したらいいのか思いを巡らせているようだった。
「あの頃のティベリウスは、アウグストゥスと護民官特権を共有する共同統治者で、後継者の地位にあった。三十歳そこそこの若さでね。しかもアウグストゥスは軍事面はからきしだから、ダーウィヌス河とレーヌス河という、長大な、しかもまだ確立も途上の北の二つの防衛線を、やつがほとんど一人で担うしかなかった。君の叔父のドゥルーススが亡くなるまでは、ダーウィヌス河はティベリウス、レーヌス河はドゥルーススと分担も出来たけどね。たった一人で、それでもあの男は本当によくやったよ。アウグストゥスのために」
ピソはまたしばらく黙りこむ。そして、ドゥルーススの眸をじっと見つめた。冴えた蒼氷色の眸は、少し怖いような印象がある。