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第三章 父の友人 場面三 嵐の夜の使者(一) 

 外は相変わらず、風も雨も荒れ狂っている。

「ひどい天気ね。向こうは大丈夫かしら」

 アントニアがポツリと言った。その言葉が終わるか終わらないかのうちに、雷鳴が耳を打った。

「………近いな。どこかに落ちたか」

 ティベリウスは呟いた。アントニアは少し不安そうに戸口の方に目を向ける。

「三年前、この邸の中庭に雷が落ちて、アーモンドの木が一本焼けたの。火事にならなくて本当によかったけど。邸全部が揺れたようだったわ」

 ティベリウスがこの邸に泊まるのは、ローマに戻ってきたあの日以来だ。ドゥルーススはブルンディシウムにおり、ゲルマニクスは友人宅で詩の朗読会があるとかで一昨日から不在だ。この邸には、男主人がいない。執事や使用人には事欠かなくても、こんな嵐の日にはさすがに誰かいた方がいいだろう。

 九月の終わりに、ドゥルーススはピソ家の一行と共にローマを発った。馬車で十日ほどかけてゆくとのことだから、かなりのんびりした旅程だ。馬で行けば通常速度でも五日で着く。船でも天候さえ荒れなければ同じぐらいで着ける。

 ブルンディシウムからの使者は、アントニア宛のドゥルーススの手紙と共に、ピソの手紙も携えていた。ピソはドゥルーススを気に入ったらしい。謙虚で礼儀正しく、しかも明るく素直で、「とても君の息子とは思えない」と書いてきた。ピソの父君も、ピソの息子たちも暖かく迎えてくれているらしく、ドゥルーススは随分伸び伸びと過ごしているようだ。

 考えてみれば、ティベリウスは息子を別荘に伴った事も、旅行に連れていった事もなければ、共に乗馬もスポーツも楽しんだ事がない。社交の経験もほとんど与えてやれなかったのだ。六歳で別れたきりでやむを得ない面もあったとはいえ、つくづくひどい父親もあったものだと思う。

「ゲルマニクスが悔しがっているわ。自分も行きたかったって」

 アントニアは不安を紛らせようとするかのような、明るい口調で言った。

「わたしも海へ行きたいわ。子供の頃にみんなで行ったわね」

「来年の話になってもよければ、何か考えるが」

 ティベリウスが言うと、アントニアは目を丸くした。

「本当に?」

「暖かくなってからの方がいいだろう」

「勿論よ。頭から水に飛び込みたいもの。船にも乗りたいわ。小さな船がいいの。水に手を触れられるぐらいの」

 義妹の子供のような喜びように、ティベリウスはつい小さく笑った。

「「まっとうなローマ人なら海を恐れる」と格言にあるが」

「楽しかった思い出しかないもの。期待してるわね」

「約束しよう。あなたには、まだ何も礼をしていない」

 ティベリウスが答えると、義妹は意外な言葉を聞いたように「礼?」と聞き返した。

「何の礼?」

「何もかも。わたしと息子は、本当にたくさんの事をあなたに負っているから」

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