第三章 父の友人 場面二 招待状(六)
「ドゥルースス」
ティベリウスは言った。
「わたしに対することでは謝る必要はない。わたしの側に責任があることだ」
「………」
「ローマに戻って以来、お前は会うたびに成長してゆく。父親としても、家長としても、その事を本当に頼もしく思っている」
ドゥルーススは黙ったまま、少し居心地の悪そうな表情になる。ティベリウスは卓上のピソからの招待状を手に取り、ドゥルーススに返した。
「招待についてはどうする」
「どうしたらいいですか」
ドゥルーススは逆に問い返してくる。
「招待状はお前宛てだ。お前が判断したらいい。グナエウス・ピソは、最初は少し近寄りがたい印象を受けるかもしれないが、案外気さくで面倒見のよい男だ。よくしてくれると思う。無論、断っても構わない。別にわたしに義理立てする必要はない」
ドゥルーススは、ティベリウスが招待を受けるか受けないかを指示するものだと思っていたのかもしれない。しばらく戸惑った様子で招待状を眺めていた。
「これだけ正式な招待状だ。受けるにせよ断るにせよ、返事の書き方は教える。もし、招待を受けるのなら、少し話をしなければならないこともある。あの別邸は、グナエウスの父君が住んでおられるはずだ。アウグストゥスの執政官同僚を務めた方で、カルプルニウス・ピソ家のご当主だ。失礼があってはいけない」
「ピソ殿は当主ではないんですか」
ドゥルーススは意外そうに尋ねた。
「確かにピソ家を取り仕切る役目は、もう随分前からグナエウスが引き継いでいる。だが、ピソ家の当主は、あくまでも彼の父君だ。八十歳はとうに越えておられるだろう」
ピソの父は、ポンペイウス・マーニュス(偉大なるポンペイウス)に従って神君カエサルと戦い、神君の暗殺者に対しても支持を表明したが、彼らと共に戦うことはしなかった。公生活から引退していたが、後にアウグストゥスに請われてローマに戻っている。気骨ある老人で、生粋の共和政信奉者だ。
ピソは、ドゥルーススもそろそろ世間を知ってもいい頃だと言った。ピソ自身も共和政信奉者だし、批判精神もきわめて旺盛な男だ。ドゥルーススを一人で行かせることには少し心配もなくはなかったが、確かに成人式も終えた今、いい機会なのかもしれない。ドゥルーススは、ティベリウスの想像していた以上にしっかりした考えを持っている。恐らく大丈夫だろう。
「いずれにせよ、返事は早目にするようにしなさい。向こうの都合もある」
ドゥルーススはしばらく黙っていたが、はっきりと答えた。
「差し支えなければ、お受けしようと思います」
ティベリウスは軽く頷いた。