第三章 父の友人 場面二 招待状(五)
ルキウスの葬儀から約半月が過ぎた頃、ドゥルーススが相談があると言ってエスクィリヌスへやってきた。グナエウス・ピソから、ドゥルーススを名指しで別荘への招待状が届いたという。ドゥルーススは、ティベリウスが話を聞いているものだと思っていたようだが、全くの初耳だった。
ドゥルーススは困惑した様子で招待状を見せた。
「ぼくの事を何か話されましたか。招待を受ける心当たりがないんです」
「世間話の範囲だが」
ティベリウスは招待状を見た。近々息子たちとブルンディシウムの別荘に行くので、その時にドゥルーススも是非一緒に、という内容だ。内容についてはともかく、別荘に友人の息子を招くだけにしては、晩餐会に貴賓を招待するのにも使えそうなほど、随分格式ばった正式な招待状だった。こんなものを受け取れば、ティベリウス宛てであっても何事かと思う。あの男流の悪戯心か。あるいはこんなものを受け取れば、必ずドゥルーススが相談に来ると踏んだのか。だとすれば、気の回しすぎというものだ。
「父上」
ドゥルーススは緊張した様子でティベリウスの前に座っていたが、思い切ったように口を開いた。ティベリウスは招待状を卓上に置き、息子に眼を向ける。
「先日のことは、義叔母上に謝りました。すみません」
ドゥルーススはそう言って頭を下げた。
「アントニアから聞いた。―――もういい、顔を上げなさい」
ティベリウスの言葉に、ドゥルーススは少し遠慮がちに父を見た。
「アントニアは、わたしを訪問するよう指示したのは自分だから、お前がその事で自分に話をしたのは別におかしなことでも何でもない、とわたしに言ってきた。直接話をするほうが本来だとわたしは思うが、アントニアの言うことにも一理ある」
「いえ。父上の仰るとおり、ぼくもそうするべきだったと思っています。これからは気をつけます」
ティベリウスは軽く頷く。
「それから………大人気ない振る舞いをしてしまって、どうもすみませんでした」
ドゥルーススはティベリウスの眼を見つめながら、むしろきっぱりとした口調で言った。それは恐らく、ドゥルーススの自尊心であっただろう。ドゥルーススは、父を赦してはいない。自分の投げかけた問いも、間違っているとは思っていない。ただとった態度が、「成人」として相応しくなかったと反省はしたのだ。
ドゥルーススは、ティベリウスには過ぎた息子だった。聡明で愛情深く、しかもその体内には誇り高い貴族の血がしっかりと脈打っている。両親の離婚、父と後妻との不仲、そして父がローマを去って以来の生活など、理不尽な思いも散々してきただろうと思う。それでもこの息子は、怒りはあっても、憎しみに澱むことはなかった。生来の性質もさることながら、その種子をそのままに育んでくれた、アントニアを初めとする周囲の人々には、本当に感謝しなくてはならないだろう。