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第三章 父の友人 場面二 招待状(四)

 追悼演説が終わり、ゲルマニクスは演壇を降りた。最後には天を仰ぎ、「神々に愛された英雄ほど、その運命は過酷で、その命は短い。だが、栄光はいつまでも語り継がれ、決して失われることはない」と言った。芝居がかった仕草だった。英雄の死を悼む役になりきっているのだろう。その目には涙が溢れていた。演壇を降りた従兄を、ドゥルーススは抱擁で迎えた。

 その様子を見ていたピソは、頬笑みを浮かべた。

「それにしても、君の息子はいい子だね。君の血を継いでいるとは思えない」

「……そうだな」

 ティベリウスは呟く。

「修辞学校でもよくやっているようだ。友人も多い。まあ、大抵はゲルマニクスといるようだがね。このゲルマニクスがまた、男女身分を問わず人気絶大だと息子が話していたが、判らないでもない。中々の美男子だし、何といってもやる事なす事ウケ狙いで派手だからな」

 ティベリウスは苦笑する。

「棘のある物言いだな」

「気のせいだろう。わたしは君と違って皮肉は嫌いだ。思った通りの事しか口にしない」

 ピソはさらりと言う。皮肉屋がよく言う、と思ったが、口には出さなかった。遺体を火葬場へと移動させるため、棺を担ぐ人間や楽団、祖先の像を捧げ持つ役目の者など、役割を持つ人々が動き始めた。ティベリウスはしばらく黙ったままそれを見つめていた。

 不意に、ピソがその沈黙を破った。

「中々苦労しているそうじゃないか」

 ティベリウスは友人を見る。

「ドゥルーススか」

「君がだ」

 ティベリウスは答えなかった。ピソの次男グナエウスはドゥルーススの学友だし、妻のプランキナはリウィアの取り巻きの一人だ。アントニアもこの男をティベリウスの友人として信頼しているから、情報源はいくつもある。

「一度ドゥルーススをつれてうちに来たまえ。近いうちに招待状を送るよ」

 ティベリウスは少し間を置いて、「やめておくよ」と言った。ピソは苦笑いする。

「即決で却下するのか。全くつれないな。普通なら、嘘でも「考えておく」ぐらいは言うものだぞ」

「そういうのは嫌いだ」

「本当に変わらないな。ロードス島に遊学して、少しは丸くなってもよさそうなものだ。死ぬまで君は君か。頑固ジジイに成り果てるのが目に見えている」

「そう言うが、大体がギリシア人は頑固な上理屈っぽい。理屈っぽいだけで必ずしも論理的ではないからなお始末が悪い。自分の主張ばかりまくしたてる。最初は閉口した。一度、我慢できずに裁判沙汰にまでなってしまった」

「何だ、みんな君の同類か。周りの者の苦労が判っただろう」

 ああ言えばこう言う。口から生まれてきたような友人は、大仰に肩を竦めてみせた。

「グナエウス」

「ん」

「気遣いは嬉しいが、ドゥルーススには下手に君やわたしの影響を受けさせたくない」

「わたしは毒物か?」

「悪く取らないでくれ」

 ティベリウスは真面目に言った。ピソは判っている、という顔で軽く手を上げる。

「旧きよき時代の「共和政信奉者(リパブリカン)」か。確かに、この世は我々には生きにくい。生まれるのが二百年ほど遅かった」

 大袈裟に慨嘆してみせ、それから笑みを見せた。

「だが、君の息子ももう成人したんだ。共和政信奉者になるもならないも、知らなければ信奉も批判もしようがない。そろそろ世間を知ってもいい頃だ。いつまでそうやって、息子をアントニアのスカートの影に隠しておくつもりかね」

「そんな言い方はよせ」

「何もスカートの中とは言っていない。……おっと、怒るな」

 ティベリウスが睨みつけると、ピソは両手で宥める仕草をした。

「用がないなら帰ったらどうだ。わたしは葬儀に来ている」

「わたしもだが」

「そうは見えない」

 ティベリウスは言ったが、ピソは気にした様子もない。そのうち、棺の移動が始まった。ピソはティベリウスと並んで、人の流れに従って火葬場へと歩き始めた。



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