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第一章 父の帰還(六) 場面二 家族(五)

 父との再会は、何の前触れもなく突然だった。

 ドゥルーススがいつものように学校へ行き、その後競技場での運動、そして入浴という日課を終え、ゲルマニクスと共に戻ってみると、中庭のベンチに、アントニアと見慣れない男が掛けていたのである。アントニアがまず振り返り、男は続いて顔を向けた。

「お帰りなさい、ドゥルースス、ゲルマニクス」

 アントニアは弾んだ声で言った。その横で、長衣をまとった身体が、ゆっくりとした動作で立ち上がる。

 七十五ウンキア(約一八〇センチ)近い長身に、がっしりした身体つき。青みがかった灰色の眸は、大きく鋭く、堂々とした体格のせいもあって射すくめられるような威圧感がある。髪は暗めの金髪で、短く刈り上げるのが一般的なローマ人のスタイルからするとやや長め。顔立ちは整っており、鼻は高く、口許は引き締まり、美男子の類に入った。だが、アウグストゥスのような、親しみやすさとは無縁だ。

 七年ぶりに見る父の姿だった。

「伯父上?」

 先に明るい声をあげたのは、ゲルマニクスのほうだった。急ぎ足で歩み寄り、自分から伯父の両手を取った。

「ご無事で何よりです。いつローマへ? お知らせ下されば、せめて港までお迎えに伺おうと思っていたのに」

「昨夜着いたばかりだ」

 ティベリウスの声は、低めだがよく通る。声を聞いて、ようやくドゥルーススは、父だと実感が湧いた。

「以前の邸に?」

「いや。知人の邸にいる」

「こちらに移られるんでしょう?」

「一時的にな」

「引越しなさるんですか」

 ゲルマニクスは不思議そうに尋ねる。ティベリウスはちょっと頷いただけだった。アントニアは、少し離れて突っ立ったままだったドゥルーススに目を向ける。

「ドゥルースス、こちらへいらっしゃい」

 ドゥルーススはためらいがちに父の前に立った。七年ぶりに見る父の姿だった。ティベリウスはドゥルーススを軽く抱擁し、すぐに身体を離す。かすかに微笑したようだった。

「大きくなったな」

「………七年ぶりですから」

 六歳で別れ、十三歳で再会すれば、背も伸びるし顔立ちも変わる。あまりにも平凡な父の言葉に、ドゥルーススは少し皮肉な感想さえ持った。

 喜びも憎しみも湧いてこない。赤の他人と話しているかのようだ。見知らぬ男が尋ねてきた。―――そんな感じだった。

「今夜は夕食にお誘いしたの。急だったから、特別なものはご用意できなかったけど」

 アントニアは弾んだ声で言った。

「でも、友人に無理を言って、お酒はいいものをたっぷりご用意したのよ」

 アントニアがそう言って微笑むと、ティベリウスは少し表情を緩めた。ドゥルーススは直接には知らないが、ティベリウスの酒好きは以前から有名だったらしい。ティベリウス・クラウディウス・ネロをもじって、ビベリウス(飲み助)カリディウス(生酒)メロ(熱燗)と異名をとったとか。

 それにしても、と思ってしまう。アントニアはこの義兄が怖くないのだろうか。怖くはなくても、煙たく思うぐらいはありそうなものだ。亡夫の兄とはいっても、ティベリウスは弟とは相当性格が違う。ドゥルーススが四歳の時に二十九歳で死んだ叔父は、快活で親しみやすく、多くの人に愛されていた。アウグストゥスもティベリウスよりもむしろこの弟の方を愛していた、と周囲から囁かれている。その弟に比べて兄の方は、愛想はないし、会話は少ないし、礼儀にうるさく堅苦しい。ドゥルーススが父に対して持っていたイメージは概ねそうした類のもので、父がローマにいた時でも、出来れば近寄りたくない、というのがドゥルーススの本音だった。

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