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第三章 父の友人 場面二 招待状(一)

ガリア(フランス)マッシリア(マルセイユ)から、衝撃的な知らせが届いたのは、ティベリウスが息子に手紙を送ってから、二日後のことだった。

 アウグストゥスの孫で、第二後継者と見られていたルキウス・カエサルが、熱病に倒れたのだ。そして間もなく、十七歳の若さで亡くなった。軍隊経験を積むため、ヒスパニア(スペイン)へと向かう途中だった。




 ルキウス・カエサルの葬儀は、じりじりとした真夏の太陽が照りつける中、ローマ広場(フォロ・ロマーノ)で盛大に執り行われた。

 演壇に置かれた棺の傍らで、ゲルマニクスがよく通る声で弔辞を読み上げている。若くして亡くなったアウグストゥスの第二後継者の徳を称え、その死を悼む長い文章を、ゲルマニクスは原稿を持たずに(そら)んじていた。ドゥルーススは演壇のすぐ近くにおり、追悼演説をする従兄の堂々とした姿を見つめている。そしてその傍らにはアウグストゥスがおり、リウィアとアントニアが寄り添うように立っていた。リウィッラの姿もある。足の悪い小ティベリウスだけは、邸に残されているらしい。

 ティベリウスは彼らから離れ、元老院議員たちの一群にも近づかず、一般の群集の中に紛れて立っていた。喪服をまとい、頭を覆ってひっそりと佇んでいるのが、かつての凱旋将軍だと判る者がいるだろうか。

 ポンと、誰かが親しげに肩を叩いた。ティベリウスは振り返る。もっとも、振り返るまでもなく、ティベリウスに対してこんな風に馴れ馴れしいともいえる態度をとるような人物は、ほとんどひとりしか考えられなかったが。

「向こうに行かないのか」

 グナエウス・ピソは、からかうように尋ねてくる。ティベリウスは答えなかった。ピソはティベリウスと肩を並べ、演壇を見つめる。ピソはティベリウスに比べてかなり細身だが、身長は同じぐらいある。

「中々上手だね」

「ああ」

「空々しい弔辞には、あれぐらい芝居がかった読み手がピッタリだ」

「よせ」

 ティベリウスは短く言った。

「誰の作文だ? 功績のないボンクラを褒めるのもご苦労なことだ。アウグストゥスの孫という以外に取り得のない子供だからな」

「やめろ、グナエウス。不謹慎だ」

 咎めると、ピソは小さく笑った。

「相変わらず、君は堅い」

「わたしはルキウスの義父だ」

「ユリアと別れたんだから「元」義父だろう。その前は義兄弟だったが」

「………わざわざ怒らせに来たのか」

「いや」

 ピソは笑った。

「どうせぽつねんと一人でいるだろうと思ってね。淋しくないように来てやった」

「ご親切に」

「『人間にとって最もよいのは、生まれないこと。だがもしも生まれてしまったなら、次によいのは、できるだけ早く、来たところに戻ること』」

 不意に口調を変え、友人はギリシア語で呟く。古い悲劇の一節だ。ティベリウスは友人を見た。真面目な顔をしている。

「それも慰めにはなるまい。……まだ十七歳か。気の毒にな」

 友人はぽつりと言った。ティベリウスは演壇を見つめた。アウグストゥスの第二後継者と目されていたルキウスは、確かに凡庸といっても差し支えのない若者だった。正直言って、年少ではあってもゲルマニクスやドゥルーススのほうが、考え方など見てもよほどしっかりしている。だが、現在東方で任務を遂行中のガイウスよりは、ルキウスの方がずっと素直で優しく、曲折の末に義兄弟から義父に近い存在になったティベリウスに対しても、相応の敬意を払ってくれた。アウグストゥスの期待に応えようと懸命に努力する姿は、いっそ痛々しくさえあった。

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