第三章 父の友人 場面一 グナエウス・ピソ(三)
ゴオッという風の音に混じって、何か硬いものが下に落ちて砕けたらしい鈍い音がした。植木鉢でも落ちたのだろうか。アントニアは一瞬足を止めたが、何事もなかった様子で歩み寄ってくる。それからティベリウスの手に、持っていたいくつかの貝殻とドゥルーススの手紙を載せた。夜光貝のようなオパール色の平たい貝殻と巻貝、それに雫の形をした大ぶりの二枚貝の一片だった。かすかに磯の香りがする。ふと、ロードス島での生活が心を過ぎった。
「みんなに見せてあげてって。とても楽しんでいるみたい」
アントニアは頬笑んで言った。ティベリウスは貝殻を卓上に置き、手紙を広げた。
大切な義叔母上。
お元気ですか。
ぼくは元気です。ブルンディシウムに来て、三日が過ぎました。ここでの滞在は、本当に楽しいことばかりです。ピソ殿も、マルクスもグナエウスも、毎日ぼくを馬で連れ出しては、色々なものを見せてくれます。乗馬も少し上手になったような気がします。ひょっとするとピソ殿の褒め方がうまいだけかもしれませんが。馬に乗って遠出をして、海で泳いで戻ってくると、風呂に入る余裕もなく寝てしまいます。一昨日は晩御飯も食べずに客室で寝てしまい、気がついたら寝台に運んでもらっていたばかりか、机の上に夜食まで用意してあって、穴があったら入りたいぐらい恥ずかしかったです。起こしても起きなかったとかで、後でマルクスに笑われました。彼が運んでくれたそうです。
十月の海は少し冷たいのですが、見ると入らずにいられません。綺麗な貝殻があったので同封します。みんなに見せてあげて下さい。ここでは毎日のように魚や貝の料理が出ます。煮たり焼いたりしただけの簡単な料理なのに、信じられないぐらいおいしいです。つい調子に乗って食べたり呑んだりしていたら、ピソ殿に、どれだけ食べても構わないがワインはあまり呑みすぎないようにと注意されました。正直言って最初は少し近寄りがたかったのですが、ピソ殿はとてもいい方です。本当によくして頂いています。
みんなにどうぞよろしくお伝え下さい。
ドゥルースス
ティベリウスは手紙を二度読んだ。グナエウス・ピソは、ドゥルーススの言うとおり一見近寄りがたいが、その実案外と面倒見のいい男だ。どうやらティベリウスとドゥルーススとの間がギクシャクしている事を気にかけ、一肌脱いでくれる気を起こしたらしい。




