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第三章 父の友人 場面一 グナエウス・ピソ(一)

 住む所がロードス島からエスクィリヌスに変わろうと、父は依然として世捨て人も同然だった。家族の輪に加わることもなく、周囲がそれをどう考えていようが一顧だにせず、一人で淡々と日々を送っている。それなら、前のままでよかったのだ。あのまま、島で死んでくれてよかった。(本文より)


 自分を捨ててロードス島に去った父ティベリウスを、息子のドゥルーススは許すことが出来ないでいた。ティベリウスの友人ピソは、そんな二人を気にかけ、ドゥルーススを別荘に誘う。

 ティベリウスのよき友人、グナエウス・ピソ。この後も度々登場します。


【主な登場人物】(表紙に記載分は除く)

〇グナエウス・ピソ(?-AD20):ティベリウスの友人。名門貴族の出身で、共和制信奉者。

「ドゥルースス」

 グナエウス・ピソは少しペースを緩め、ドゥルーススに並んだ。馬の蹄が石畳に当たる乾いた音は、最初は快かったが、その衝撃の方が気になってくると、次第に恨めしくなってくる。尻が痛い。

「疲れたか」

「いえ―――」

 ドゥルーススは言ったが、ピソはどうやらお見通しのようだ。にっと笑い、少し先を進む息子たちを指した。

「グナエウスが馬に乗り始めた頃、同じ事を言って尻に水膨れを作ったぞ」

「………」

 グナエウスはピソの次男で、ドゥルーススよりも二歳年長だ。長男のマルクスとは六歳離れている。

「向こうに見える木立で小休止しよう。もう少し頑張れ」

 ドゥルーススとて当然馬に乗る訓練ぐらいは受けているのだが、「遠乗り」となるとほとんど経験はなかった。ピソやその息子二人は乗馬を得意としているらしく、ドゥルーススはどうしても遅れがちになってしまう。ピソは気さくな調子で、「少々遅れても気にすることはない」と言った。

「わたしや息子たちは、年に二、三度はここに来て、そのたびに海や山まで遠出をする。時に野宿したり知人の家に泊まったりしてね。何事も慣れだ」

 白金髪(プラチナ・ブロンド)蒼氷色(アイスブルー)の眸を持ち、常に直截な物言いをするこの父の友人は、一見近寄りがたい印象を与える。ドゥルーススも最初は緊張してあまり会話も出来なかったが、遠乗りに連れ出してもらったりするうちに平気になった。これも「慣れ」かもしれない。

「見たまえ」

 ピソは海に視線を向け、ドゥルーススに言った。

「海の向こうはマケドニアだ」

 ドゥルーススは彼方の大陸を眺めた。この父の友人が誘ってくれた別荘は、軍港ブルンディシウム(ブリンディシ)から程近いところにある。南北に伸びた本国の東にはアドリア海が広がり、海の向こうには属州ダルマティアやマケドニアが広がっている―――ギリシア人の家庭教師から得た知識が、今現実のものとして目の前にある。それは中々に感動的だった。

 ドゥルーススが進んでいるこの道も、知識としては当然頭にあった。「アッピア街道」の名で呼ばれるこの見事な街道は、クラウディウス一族の人間であれば必ず祖先の業績のひとつとして教え込まれる特別な道の一つで、今から三百年以上前、アッピウス・クラウディウス・カエクスによって敷かれたものだ。ローマで「学んだ」時は正直大して感銘も覚えなかった。

 だが実際にその上を歩きながら、父の友人から「これも君の輝かしい祖先の偉大な業績のひとつだ」と言われれば、何ともいえない感慨がある。当時は無論ここまでは伸びていなかったが、次第に延長され、今はこのブルンディシウムまでつながっている。ローマの街道は、敷設の際は地下約一パッスス(一・四八メートル)まで掘り下げ、下から砂利、砂利と粘土、細かい石粒、そして一番の上の大きな敷石と順に敷き詰めていく四層構造を持つ。馬車や馬が通る中央部は、真ん中が少し高い弓状になっており、その両脇に細い排水溝、そしてその外側の歩道となる。これだけのものを敷設した偉業もさることながら、根が街道を傷めることがないよう、街道傍の植樹も禁じ、更に「街道管理官(クラトール)」を配して草を引き補修を重ねて完璧に守り続けた指導者たちの卓見にも感動する。

「ドゥルースス」

「はい」

「少し速度を上げられるか」

 ピソが尋ねた。

「はい」

 ドゥルーススが答えると、ピソは軽く頷く。

「よし。じゃあ、二人に追いつこう」

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