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第二章 アントニア(二一)場面四 ウィプサーニア(七)

 夜明けを告げる声に、アントニアは眼を覚ました。いつの間にか眠ってしまっていたのだ。遠い日の記憶。若く未熟で、愚かだった頃の。アントニアは子供だったし、分別も足りなかった。義兄夫婦は、そんなアントニアを優しく赦してくれた。ドゥルーススも兄から話を聞き、むしろアウグストゥスに対して憤慨した様子で、「最初に知ったのが君でよかった。わたしなら暴力沙汰になっていたよ」とおどけた様子で頬笑んだ。ドゥルーススはアントニアを抱き、言った。

「兄のために怒ってくれてありがとう」

 雨はまだ降り続いている。寝台から降り、使用人を呼ぶために小さな呼び鈴を鳴らした。澄んだ高い音の余韻が消えるか消えないかの内に、二人の女奴隷が水盥や櫛、服や髪油などを持って現れた。

 署名も日付もないウィプサーニアからの手紙は、今でも変わらずアントニアの手許にある。焼き捨てて欲しいと言った義姉の願いに、かすかな罪悪感と共にアントニアは背いたのだった。長い手紙は、他の書面類とは違う場所に、今も大切に保管してある。

 ティベリウスとユリアとの結婚は結局うまくいかなかった。アグリッパの死から一年後、二人は正式に結婚し、男の子も産まれた。だが、それもすぐに死んでしまう。どちらが悪い、というのでもないだろう。ユリアは機知に富んだ明るい女性だが、どちらかといえば甘やかされ、ちやほやされることを喜ぶほうだ。十八歳で四十一歳の夫に―――しかも父の最も忠実な臣であるアグリッパに嫁いだユリアは、甘やかされることに慣れきっていた。アグリッパは娘の年の若妻が同世代の友人たちとバカ騒ぎをしても、高価な宝石やドレスに散財しても怒らなかったというよりも、特に気にもとめなかった。子煩悩で陽性の男だったアグリッパは、妻というよりも手の焼ける娘をもった気分であったのかもしれない。

 一方ティベリウスはといえば、この義兄ほど、ちやほやするとか甘やかすとかいう言葉が似合わない男もそうはいないだろう。義兄は人の機嫌を取るためにあれこれと話しかけたり、贈り物をしたりという気の遣い方を一切しない。また格式が高く、質実剛健を旨とする名門クラウディウス・ネロ家の家風は、ユリアとは水と油だ。ウィプサーニアでさえ、結婚当初は、夫が何を考えているのか判らない、と言い、後になって、私室にいるティベリウスの所へ行くときには緊張で足が震えたと話していたのだから。

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