第一章 父の帰還(五) 場面二 家族(四)
皆食い入るようにアウグストゥスを見つめていた。アウグストゥスは書面を元のようにたたみ、卓上に置いてから、室内を見渡す。
「ガイウスが許すと言うならば、わたしには反対する理由はない」
「アウグストゥス」
リウィアは半身を起こし、夫の手をとる。
「こんな素晴らしい贈り物はないわ」
アウグストゥスはやや仏頂面で言った。
「決めたのはわたしではない。ガイウスだ」
「勿論、ガイウスにはすぐ手紙を書くわ。でも、決断して下さったのはあなたよ。なんて素晴らしい日!」
「ドゥルースス」
ゲルマニクスが小声で囁く。
「礼を言っとけよ」
その言葉に、ドゥルーススはようやく我に返った。そう、ゲルマニクスはこんな時、本当によく気が回る。ドゥルーススとしては、喜びというよりも、圧倒的に戸惑いの方が大きかったのだが、やはりここは礼を言うべき場面だった。
「あの……アウグストゥス」
ドゥルーススが呼びかけると、リウィアの身体を抱いていた―――もとい、抱きつかれていたアウグストゥスはドゥルーススを見た。ドゥルーススは長椅子から立ち上がり、アウグストゥスの元へ早足で歩み寄ると、その場に膝をつく。
「ありがとうございます」
気のきかない台詞だったが、アウグストゥスは鷹揚に頬笑んでくれた。手で立つように促し、優しい声で言う。
「礼なら、そなたの義兄に言いなさい。あの男がローマを去った時、そなたはまだ六歳だった。恨みつらみも山ほどあろう。遠慮せず、思う存分ぶつけてやればよい。そなたにはその権利がある」
「義兄」というのは、ガイウスらの母であるユリアが、夫を亡くした後ティベリウスと再婚していたからだが、二人が離婚した以上、ガイウスとドゥルーススのつながりは過去のものでしかない。それでもアウグストゥスはそうした言い方を好んだ。そうした気遣いは濃やかな人でもあった。
「ゲルマニクス」
席に戻ったドゥルーススは、従兄に囁いた。
「サンキュ」
「よかったな」
ゲルマニクスは形のよい唇の端をちょっと上げて頬笑む。亡父からは淡い金髪を、母アントニアからはスミレ色の眸を受け継いだゲルマニクスは、ドゥルーススから見てもかなりの美男だ。しかも快活で優しいこの従兄は、恐らく心からそう思ってくれている。ドゥルーススは曖昧に頬笑んだ。
ドゥルーススは、父の帰還を望んではいなかった。アウグストゥスも同様だろう。「あの男」という言葉はよそよそしく、侮蔑のニュアンスさえ感じられた。アウグストゥスは、血のつながりがないにも関わらず大切に重用した継子の勝手な行動に、七年経った今も、未だに腹を立てているのだ。
※