第二章 アントニア(十七)場面四 ウィプサーニア(三)
「アントニア」
感情を抑えた声で義兄は再び口を開いた。
「あなたの言う通り、わたしはユリアと結婚することになった。喪中で身重の妻を棄てたと、わたしを非難するのはいい。物でも何でもぶつけてくれたら。だが、それはどうかわたし一人に言って欲しい。経緯はどうあれ、決めたのはわたしだ。責任はわたしにある。わたしが決めたことに対して、アウグストゥスや母上を責めるのは筋が違う」
「……」
「それにもし今度またこんなことがあったら、真っ直ぐにわたしのところへ来てくれ。どんな些細なことでも構わない。あなたは弟の妻だ。一族の者の懸念や不安を取り除くのはわたしの義務だし、どんな小さなことでも、決してそれを疎かにはしない」
『兄上はおっかないよ、恐ろしく真面目なんだから』―――夫が昔言っていたことが、アントニアにもよく判った。これだけ諄々と理を説かれたら、自分の未熟さを噛み締めて黙り込む以外に術がない。
「身内の目も、使用人の目も、常にあなたを見ていることを忘れないで欲しい。この騒ぎで、話が一気に広まってしまった。ユリアは半狂乱になっている。それも無理はない」
アントニアは顔を上げられなかった。短い沈黙が降りる。
ティベリウスが再び口を開いたとき、その口調はわずかに柔らかくなっていた。
「……すまない。つい言い過ぎた。あなたはどこか弟に似ている。あれにも、わたしはついいつも言い過ぎる。それはわたしの欠点らしい」
「あなたの仰ることは全部正しいわ。本当に反省しているの。ごめんなさい」
アントニアは意気消沈して言った。
「そんな言い方も弟にそっくりだよ。反省している人間に追い討ちをかけてしまうのはわたしの悪い癖だ。もうやめよう。こんな話は、あなたはよく判っているはずだから」
二十九歳の家長は、一族を諭す当主から、落ち込んだ弟妹を気遣う兄の口調に変わって言った。
「明日にでも、わたしから正式に皆に謝罪するよ。あなたも、迷惑をかけたと思う人には内々に詫びを入れて欲しい。あなたが妻を大切に思ってくれていることを知っていながら、きちんと話をせずにいたのはわたしの判断ミスだ。それはわたしの責任だし、それはきちんと伝えておく。全てあなたの優しさから出たことだから、皆判ってくれる」
ティベリウスは優しく言う。
「あなたのせいじゃないわ……」
アントニアの消え入りそうな抵抗に、ティベリウスはかぶりを振った。
「身内のことでわたしの責任ではないことは一つもない。わたしは父からそれを継いだのだから。一族に対する、権利も義務も全て」
ローマの家父長権は強力だ。一族の生殺与奪は文字通り家長の裁量に委ねられている。家長には、父権の行使として一族の者を追放することも殺すことも認められている。ローマ人は法の民だが、その法は家の入り口で止まるともいわれ、門から一歩踏み込めば、そこでは「家の法」ともいうべき家長の意志が全てに優先するのだ。