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第二章 アントニア(十二)場面三 マエケナス(五)

「他にどういう言葉があるかね? 神君カエサルの暗殺後、曲折の末にアウグストゥスとアントニウスらが作成した「処刑者リスト」には、百人を優に越える人々の名前があった。彼らはこの法治国家ローマで裁判も受けられず、見つけるや直ちに処刑され、ローマ広場に生首を曝された。その中にはアウグストゥスが猫をかぶって「尊敬する父にしてこの国の偉大な指導者」と呼び続け、利用しつづけたキケロもいた。文筆家だった彼は、首ばかりかペンを持つ右手まで切り落とされて曝しものにされた。神聖なるウェスタ神殿に収められたアントニウスの遺言状を計略で手に入れ、元老院で読み上げて、エジプト女王に国を売り渡そうとしている売国奴、と彼を弾劾した。リウィアが彼の子を産まないと判るや、前妻の子ユリアに目を付け、自分と同い年のアグリッパに嫁がせた。その喪も明けないうちに、今度はティベリウスだ。あなたが、アグリッパが水道橋を造るように子供を作って献上した、と言うのは全く正しいね。そう、彼はティベリウスに同じことをさせるつもりだ。義父としてガイウスとルキウスを守らせ、更には子供を作らせるつもりだ。アウグストゥスはそれしか考えていない」

「何故止めて下さらないの」

 アントニアは言った。

「血縁がそんなに重要なの? 叔父上だって神君の実の御子じゃないわ。神君は彼の大伯父じゃないの。それでも神君は叔父上を選んで、叔父上は立派にその選択の正しさを証明したわ。その叔父上が、何故そこまで自分の子供に執着しなければならないの。大体、ローマは世襲制のオリエント(東方)の国とは違うわ。この国は共和国(レス・プブリカ)よ。第一人者の子が第一人者になるわけじゃないでしょう」

「アントニア」

 マエケナスの目に、優しさと哀れみとが混じり合ったような、不思議な表情が現れた。

「あなたは聡明な人だから、判っていることと思う。共和国ローマは、とうの昔にこの世から姿を消している。いつからかはぼくにも判らない。神君が終身独裁官になったときなのか、アウグストゥスとアントニウス、レピドゥスの間で三頭体制がスタートしたときなのか、アウグストゥスが至尊者(アウグストゥス)を名乗ったときからなのか。

 元老院体制は、六百人による衆愚政(デモクラティア)に堕し、意思決定機関としての機能を果たせなくなっていた。それによってはこの広大な国はもはや立ち行かないというのが、先見の明をもった神君やその後を継いだアウグストゥスの認識だ。衆愚政が衆愚政でなくなるのは、それを知り尽くした強力な指導者に率いられたときだ。それは歴史が証明している」

 マエケナスはどこか家庭教師のような口調で言った。

「神君は生粋の貴族だ。個人の性格の違いもあるが、何代にもわたって家門の継続を目指してきた貴族のほうが、むしろ他人を養子にすることへの抵抗は薄いものだよ。特に神君はその傾向が著しかった。彼のおかげで、この国の中枢である元老院にまで、ズボン姿のガリア人が溢れたのだからね。重要なのは家であって血ではない。自分を継ぐ者の資質のほうが、神君にはより重要だった。だが、アウグストゥスは違う。彼は父の代でようやく元老院入りした新人(ホモ・ノブス)だ。あの田舎者の成り上がりは、自分の後は子供が継ぐのが当たり前だと思っている。「健全な家族」による「健全なローマ」というところかね。「正式婚姻法」だの「姦通罪」だの、女たらしで知られた神君が聞いたらさぞ大笑いしただろう。彼もそのあたりは自分自身でもよく判っていないと思うよ。後継ぎを確保しようと彼なりに必死なんだ。それが彼が心血注いで立て直した「大理石のローマ」の安定と繁栄を保証する事だと信じて」

「あなたは?」

 アントニアは尋ねた。

「あなたの意見を伺っていないわ。あなたは何を信じ、アウグストゥスをどう思っているの?」

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