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第二章 アントニア(八) 場面三 マエケナス(一)

 マエケナスの邸宅に一歩足を踏み入れるや、アントニアは思わず立ち止った。マエケナスは予想していたらしく、優雅な手で軽く促す仕草だけして、そのまま中へ進んでいく。オリエント風の衣裳をまとった二人の少年が、アントニアの外套を取った。我に返ったアントニアが邸の主人の後を追うと、少年たちもついてきた。

 マエケナスの邸宅は、一見、モルタルで固めた塀に漆喰の外壁を持つ、典型的なローマの住宅だ。だが、一歩中に入ると、その豪華さは人を立ち止らせずにはおかない。白大理石のギリシア風の彫刻がずらりと並び、よく磨かれた床には高価な色大理石が敷き詰められていた。整然と並んだコリント風の円柱の背後の壁には、地中海をイメージしたらしい紺碧の海のフレスコ画が一面に描かれ、白い彫像たちと見事なコントラストを成していた。

 案内されたのは、オリエント風の装飾が施された小さな部屋だった。深紅のカーペットの上に、年代物らしい樫の天然木に夜光貝で象嵌を施したテーブルがあり、それと対で造られたらしい一組の長椅子があった。

「お掛け」

 マエケナスは、手で長椅子を示した。アントニアは腰を降ろす。少年たちは外套をコート掛けに提げると、音もなく部屋を出て行った。

「ワインを呑むだろう?」

 マエケナスは立ったまま尋ねた。

「お水で結構です」

「遠慮することはない。あなたの母上やご家族には内緒にしておくよ」

「本当に呑めないの。ごめんなさい」

 アントニアが謝ると、マエケナスは何がおかしいのかちょっと笑った。

「では、蜂蜜入りのレモン湯を作ってあげよう。うちの料理人は優秀でね。しかもとても研究熱心だ。各地から集めたレシピだけで、書架の一角が埋まってしまった。おかげで色んなものを食べさせられる。何度か胃をやられたり、腹を下したりしたよ。食の道も楽じゃない」

 マエケナスが部屋にいた別の少年たちに目配せをすると、彼らは恐らく飲み物を用意する為に出て行った。マエケナス自身も「着替えさせてもらうよ」と言って姿を消した。

 この邸には、大勢の人間の気配がある。廊下を通っていても、そこかしこから笑い声、歌声、詩を朗読する声など、男女を問わない様々な声が聞こえ、それに混じってフルートや、東方のものらしい楽器のシャラシャラという音や、耳慣れない響きがかすかに耳に届く。小奇麗な衣裳を身につけた少年や少女たちが、何をしているのか様々に動き回り、その数は十人や二十人ではないように思えた。

 一人の青年と三人の少女が、飲み物を持って現れた。薄青いガラス製の器をアントニアの前に置き、マエケナスの席にワインの(かめ)(アンフォラ)と水差し、銀製の混酒器とカップを置いた。少女が揚げ菓子の載った器を置くと、青年を残し、少女たちはふわりと一礼して出てゆく。

「待たせたね」

 不思議な邸の主人は、不思議な格好をして現れた。アウグストゥスの家に来たときは、派手ではあってもさすがに短衣(テュニカ)と長衣というローマ人のスタイルだった。だが今は女物らしい白い長袖の服に、金糸で繊細な刺繍が施された深緋色のストールを羽織っている。マエケナスはそのまま、長椅子にゆったりと横たわった。

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