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第二章 アントニア(六) 場面二 オクタウィア(二)

「叔父上」

 次第に怒りが込み上げてきていた。

「ティベリウスの後ろ盾って、あの人のためのように言わないで。あの人がそんなことを望むと思う? 一度だって訊いてみてくれた?」

「ティベリウスも納得した」

「ユリアも?」

 アウグストゥスは、ちょっと沈黙した。

「あの子にはまだ話していない。夫を亡くした上、出産のこともあって少し神経質になっていたから。折をみて話すつもりだ」

「ウィプサーニアだってお腹に子供がいるわ。彼女は父親を亡くしたのよ。でも、あなたはウィプサーニアには話をしたのね。お悔やみを言いながら、夫と別れろって」

「……」

 アントニアは怒りに駆られて言った。アウグストゥスは答えない。

「誰のため? ウィプサーニアにはティベリウスのためだと言って、ティベリウスにはユリアのためだと言ったんでしょう? それとも、ローマのためだとでも言ったの?あの二人はそんな風に言われて断れる人たちじゃない。でも、そんなの全部言い訳だわ」

 その時、入り口の方でざわめきが起こった。二人の使用人を連れ、リウィアが足早に入ってくる。アントニアはその姿をちらりと視界に収めたが、アウグストゥスに対する追及は緩めなかった。

「あなたはユリアから子供を取り上げたわ。ガイウスもルキウスも、生まれたらすぐに取り上げて、自分の養子にした。アグリッパ殿も当然のように従った。あのときのユリアは本当にかわいそうだった。あなたはユリアに子供を生ませたかっただけ。アグリッパ殿は、水道橋や浴場を造るように、子供を作ってあなたに献上しただけよ。ティベリウスに同じことをさせるつもり?」

「アントニア」

 リウィアが背後からアントニアの肩を掴んだ。

「何てことを言うの」

「離して!」

 アントニアは掛けられた手を振り払う。

「母にも同じことをしたわ!」

 アントニアは叫んだ。

「血を分けた自分の姉を、協定の道具にした。アントニウスは、母もわたしも顧みなかった。マルチェッラ異父姉様をアグリッパ殿と結婚させたのは誰? それを無理やり離婚させて、ユリアと結婚させたのはあなたではなかったの? アグリッパ殿はあなたと同い年よ。夫を亡くして早々に父親の年の男と結婚しろと言われて、ユリアがどれだけ泣いたか覚えてらっしゃる? それを―――今度はティベリウスなの? ティベリウスはウィプサーニアもドゥルーススも本当に愛しているのよ。あなたには、女も結婚も道具に過ぎないかもしれない。でも、皆がそうじゃないわ、一緒にしないで!」

 リウィアはアントニアの腕を掴み、強引に引き寄せた。ぶたれる―――そう思って一瞬目を閉じたが、リウィアはそうはしなかった。

 馴染んだ香りがして、アントニアは抱き寄せられた。柔らかな腕は、母オクタウィアのそれだった。

「姉上―――」

 アウグストゥスが囁くように言う。しばらく、誰も口をきかなかった。

 オクタウィアは黙ってアントニアの背を撫でる。その手は、魔法のように怒りを鎮めた。母の腕の中にいるアントニアは、大人たちに駄々をこねる子供でしかなかった。アントニアは柔らかな胸に顔を埋めて泣いた。

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