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第二章 アントニア(五) 場面二 オクタウィア(一)

 アントニアはアウグストゥスの私室を訪ねた。

 三月に入り、少しずつ春めいてきていた。ユリアは先日男の子を産み、皆にアグリッパ・ポストゥムス(後からきたアグリッパ)と呼ばれていた。

 叔父は書き物をしていた。アグリッパ危篤の報を聞くや、アウグストゥスは馬を飛ばして親友が倒れたカンパーニア(南イタリア)まで駆けつけた。乗馬は苦手なこの人であったのに。叔父はその時のことについては詳しく語らないが、生きている間に対面は叶わなかったと言う。ローマ帰還後、アグリッパの葬儀は勿論のこと、彼には仕事が山積しており、中々落ち着いて話をする時間は持てない日々だった。

 アウグストゥスもアントニアも、まだ喪服姿だった。

 アウグストゥスは書き物をする手を止め、立ち上がってアントニアを抱擁した。アントニアは女性にしては上背がある方で、小柄な叔父とは四ウンキア(十センチ)も変わらない。

「どうしたね?」

 気さくな口調で叔父は尋ねた。矢も楯もたまらずやってきたものの、この叔父の気安いニコニコ笑いを見ると、アントニアは自分が耳にしたことが、実は単なる誤解や風聞のたぐいではないか、と自信がなくなった。

「あの……教えていただきたいことがあって」

 叔父は手で続きを促す。

「ウィプサーニアから聞いたの」

 アウグストゥスはちょっと眉を上げた。アントニアは、叔父が質問を知っているのが判った。父を失ったウィプサーニアも、二人目の子を身ごもっている事が先日判った。アントニアは時間を見つけてはユリアやウィプサーニアを訪ねていた。

「ユリアとティベリウスを結婚させるおつもりだと聞いたわ」

 質問が判っている相手に、回りくどい言い回しは不要だろう。アントニアは単刀直入に言った。アウグストゥスは姪の不躾な質問にも、怒りはしなかった。ただ大きく息を吐き出す。

「耳が早いな」

 アウグストゥスはあっさりと認めた。目を(みは)ったアントニアに背を向け、アウグストゥスは書き物机の上にあったカップを取り上げ、中身を飲んだ。

「誰かが言っていたな。家族の中で最も事情に通じているのは、わたしでもリウィアでもなく、わが姪だと」

「どうして?」

 アントニアはアウグストゥスに歩み寄る。

「叔父上、どうして? ウィプサーニアから聞いたとき、わたしはただの噂だと思ったわ。そんなはずないって言ったのよ」

「でもこうして確かめに来た」

「はっきり嘘だって言ってあげたかったからよ」

 アウグストゥスは姪を見た。

「どうして? アグリッパ殿が亡くなったから? ウィプサーニアにはもう価値がないというの?」

「アントニア」

 アウグストゥスはどこか断固とした口調で言った。

「そういう意味ではない。ウィプサーニアはわたしの親友の大切な忘れ形見だ。わたしは彼女の幸せを心から願っている。だが、そなたも理解してくれるだろう。我々上に立つ者は、愛情の多寡だけで結婚を考えるわけにはゆかない。わたしも三度結婚した。リウィアという幸福な例外を除いて、二度は明らかに政治的なものだった。アグリッパもまた、妻と別れ、まずわたしの姪と、ついでわたしの大切なユリアと結婚した。男にとって、妻の実家の力というのは大きな意味を持つ。ティベリウスはネロ家の当主だが、まだ二十九歳だ。アグリッパが亡くなった今、ティベリウスには新しい後ろ盾が必要だ。これはリウィアの意向でもあるのだよ」

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