第二章 アントニア(三) 場面一 義妹(三)
アントニアが幼い頃から育ったアウグストゥスの邸は、いつも子供の歓声が絶えなかった。アウグストゥスの姉オクタウィアは、最初の夫、クラウディウス・マルケッルスとの間にもうけた一男二女と、アントニウスの間に生まれたアントニア姉妹、更にアントニウスの連れ子まで引き取っていた。アウグストゥスが前妻との間にもうけたユリアもいたし、少し後になってリウィアの連れ子のティベリウスとドゥルーススが父の死で引き取られてきた。皆、それほど年も離れていなかったから、まるで犬の仔のように一緒に育ったのだ。
ティベリウスとドゥルーススがリウィアの許に引き取られてきたのは、アントニアが三歳のときだった。ティベリウスは九歳で、家庭教師による教育が既に始まっていた。真面目で大人しく、他の子供たちが中庭の木によじ登ってまだ青い実をもぎ取り、雨水用水槽でびしょ濡れになり、アウグストゥスを訪れる大人たちにお土産やお話をせがんだりしているのとは対照的だった。
無口で無愛想、と、敬遠する者もいたティベリウスと、アントニアが案外普通に付き合ってきたのは、やはり一緒に引き取られてきた五歳のドゥルーススの存在が大きい。ドゥルーススもアントニアも、他人と親しくなるのは得意だった。アントニアは、自他共に認める相当なお転婆で、同じくやんちゃだったドゥルーススと、よく「危険な遊び」に興じた。登れるところは、樹だろうと彫像だろうと、壁だろうと屋根だろうと、どこでもよじ登っていった。入れる場所も見逃さなかった。大人の目を盗んで邸を抜け出したことも、一度や二度ではない。アウグストゥスとオクタウィアは子供に甘かったが、リウィアは厳しかった。そんなわけで、言い出したのはアントニアでも、怒られるのは常にドゥルーススだったのだが、ドゥルーススは一度や二度ムチでぶたれても気にしない性分だった。こっそり一人で行くと逆に怒ったから、アントニアもそのうち気にしなくなった。
だが、アントニアが十歳かそこらの頃だっただろうか。リウィアにではなく兄のティベリウスにこっぴどく怒られたドゥルーススは、二度とアントニアを危ない場所には連れ出さなくなった。
アントニアがいつものように一緒に行こうとせがむと、ドゥルーススは苦笑してかぶりを振った。
「おっかないんだよ、兄上は」
「殴られたの?」
「兄上は人を殴ったりしないよ。ただ、何があっても君を守りきれるのかって。責任を取れないことは絶対するな、何かあったら兄上の責任になるとまで言われたら、こっちも怖くなるよ。恐ろしく真面目なんだから。兄上が本気で怒ったら、母上なんかよりよっぽど怖いんだ。言葉のムチだよ」




