第二章 アントニア(一) 場面一 義妹(一)
ローマへの帰国を果たしたティベリウスを迎えたアントニアは、夫ドゥルースス、ティベリウスの先妻ウィプサーニアらと過ごした日々を思う。第一章に続き、過去の話がメインになります。
【主な登場人物】(表紙に記載分は除く)
〇オクタウィア(BC69-11):小オクタウィア。アウグストゥスの同母姉。
〇ウィプサーニア(BC36-AD20):アウグストゥスの親友、アグリッパの娘。小ドゥルーススの実母。
〇マエケナス(BC70-8):アウグストゥスの旧友。
「ドゥルースス?」
アントニアが声をかけると、台所にいたドゥルーススはビクリと身を縮めた。
「何をしてるの」
尋ねはしても、アントニアには理由は判っている。笑いながら言った。
「食堂にまだ色々残ってるわ。片付ける前に少し食べなさいな」
緊張のためか、あるいは早く部屋に引っ込もうと思っていたのか、ほとんど夕食を食べられなかったのだろう。だが、育ち盛りの十四歳のことだ。朝まではもたなかったらしい。ドゥルーススは気恥ずかしそうにしながら、それでも大人しくついてきた。
食堂に戻ると、甥っ子は今ようやく夕食の時間が始まったかのように食べ始めた。豚肉や茹で野菜を胃に収め、ようやく人心地ついたらしい。水を一口飲んでから、アントニアを見た。
「義叔母上」
「なあに」
「いつまで、この邸に―――」
ドゥルーススは言いかけ、目を伏せる。それから思い切ったように視線を上げた。
「……この邸に、置いていただけませんか」
「ここにいたい?」
「はい」
ドゥルーススは答えた。アントニアは頷く。
「ティベリウスも、しばらくはここでと言っていたわ。戻られたばかりで、しばらくは落ち着かないでしょう」
「いずれは、やはり戻らなければいけませんか」
「そうね」
アントニアは言った。
「ティベリウスは、あなたの為に帰ってきたのよ」
「それは口実です」
「ドゥルースス」
「父が戻ってきたのは、護民官特権の任期が切れて、島にいるのが不安になったからだ。名誉に飽きたといってローマを出て行ったくせに、今度は島にいるのが怖くなって逃げ戻ってきた。ぼくの成人式はそのための口実です」
「ドゥルースス」
アントニアは少し語気を強めた。
「不確かな噂に惑わされないで」
ドゥルーススは口を噤む。ややあって、俯きがちに尋ねた。
「父が好きですか」
アントニアは頬笑む。
「好きよ」
尋ねたものの、その後に続く言葉を思いつけなくなったのか、ドゥルーススは黙り込んだ。
「わたしも夫も、あの人を愛していたの」
「結婚なさるんですか」
アントニアは、甥の言葉に苦笑する。
「いいえ」
「何故ですか。何も問題はないのに」
アントニアは少し返事に迷った。
「めぐり合わせね、きっと。そういうこともあるのよ」
ドゥルーススは腑に落ちない様子だったが、アントニアは甥の額にキスし、部屋へ戻るように言った。
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