第一章 父の帰還(三一) 場面六 対立(七)
「息子をどうするつもり」
リウィアはきつい口調のまま尋ねた。
「ユリアは自分の子供たちを連れてアウグストゥスの許へ戻ると言っているわ。ドゥルーススについては何も言おうとしない。あの娘には、一家をあずかる責任感というものがないの?」
「邸の者に指示はしています。ユリアに、ドゥルーススの養育は任せられない。それは今までもそうでした。わたしは常にローマにいたわけではない。あれを育てたのは、わたしが信頼する家人たちだ。あれはわたしの息子です。この邸で生活させます」
「六歳の息子をたった一人で残すつもりなの?」
「一人では―――」
「ティベリウス」
リウィアはため息混じりにティベリウスの言葉を遮った。
「あの子には家族が必要よ。教育と食事の世話だけで、子供は育てられないわ。お前には判らないかもしれないけれど」
リウィアはそう言って、少し言葉を切った。それから再び小さく吐息を洩らす。
「アントニアが、お前さえよければ、あの子を手許で育てたいと言っているわ」
「―――」
ティベリウスは驚いて母を見た。つい二日前、アントニアもまたティベリウスの許を訪れていた。だが、ティベリウスのほうが会おうとしなかったのだ。アントニアに、ティベリウスは常に弟の影を見てしまう。担当を外されての事とはいえ、ゲルマニア戦線を放棄する形になったティベリウスは、正直言ってアントニアに会う勇気がなかった。
「どうするの」
尋ねられても、咄嗟には返事が出来ない。アントニアは、今でさえ、女手一つでドゥルーススとの間にもうけた三人の子供を育てている。そこに、更に甥の養育まで引き受けるのは、あまりにも負担ではないだろうか。
「あの子の母親もそうだったわね。なさぬ仲の子供を次々に引き取って、分け隔てなく一緒に育てた。全部で六人だったかしら? わたしには真似が出来ないわ」
「七人ですよ。確か」
確かに使用人に囲まれて暮らすよりも、アントニアの許で同年代のガイウスや小ティベリウスらと共に育てられる方が、ドゥルーススのためにはなるだろう。
そしてこれは口には出せなかったが、アウグストゥスとリウィアのティベリウスへの怒りから、ドゥルーススを守ることが出来る人間は、あの義妹以外にはいなかった。申し出は、そこまで考えてのことなのだろうか。
「アントニアと話します」
ティベリウスは言ったが、既に気持ちは傾いていた。
【第一章終】




