第一章 父の帰還(二九) 場面六 対立(五)
ティベリウスは継父の家から戻るとすぐに、手紙と遺言状を認めて執事に署名させ、アウグストゥスに送った。
尊敬する継父上
あなたは父を失ったわたしたち兄弟を、実の父親のような慈しみをもって養育して下さった。あなたが注いでくれた愛情を思うと、わたしの胸は語り尽くせないほど大きな感謝で深く充たされる。そして、この十五年というもの、わたしはあなたの恩に報いるため、あなたとローマに非才なこの身を捧げてきた。
あなたのガイウス・カエサルがつつがなく成人し、ルキウス・カエサルも逞しく生い立たれた今、わたしは彼らに道を譲り、身を引こうと思う。
あなたによって、若くして栄えある役目を与えられたことは、わたしにとって大変な光栄であり名誉である。だがそれゆえにわたしは学問を深く究めることなく、教養を高めることもなく今まできてしまっている。この上は公職を退き、学問の島として名高いロードス島に居を移し、学問に専念したいと考えている。
あなたの永年のご厚情に万分の一も報いることができないまま、身を引くわたしをどうかお許し願いたい。あなたとローマとの、永遠の栄光と繁栄とを心より願って。
ガイウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス殿
ティベリウス・クラウディウス・ネロ
遺言状には、もしも自分に万一のことがあれば、ガイウスとルキウス、それに六歳の息子ドゥルーススに、財産を等分して与える、と記した。
聞いた話では、アウグストゥスはパピルス紙に書かれたティベリウスの手紙を一読するや、烈火のごとく怒ってそれを引き裂き、くずかごに叩き込んだという。もっとも後で引っ張り出したとも聞くが。アウグストゥスの命を受けた何人もの人間がティベリウスを説得しに訪れたが、ティベリウスは彼らの誰にも会わなかった。心配してきてくれた友人にも、使用人を通して感謝の言葉を述べさせただけで、一切顔を見せなかった。リウィアもティベリウスを訪れ―――さすがに母には会った―――、アウグストゥスに謝罪し、その命令に従うよう、涙ながらにかき口説いた。アウグストゥスは元老院の議場で、議員達に向かい、命令拒否だけでも重大な過ちであるのに、ましてや公職を放棄するなど信じがたい愚行である、あんな裏切り者を信頼した自分の過ちか、と言葉を尽くしてティベリウスを非難した。わたしは見棄てられた、と嘆きもした。ティベリウスはティベリウスで、ハンストを決行した。四日目に至ってリウィアが折れ、アウグストゥスもついに継子の強情に匙を投げた。
ティベリウスは数人の友人と警護の者たちと共に、ほとんど逃げるようにしてローマを後にしたのだった。
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