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第一章 父の帰還(二八) 場面六 対立(四)

「わたしの兵」―――それは確かにティベリウスの失言だった。軍事の才能に乏しいアウグストゥスは、自らに兵を心酔させるカリスマ性がないことを自覚していた。自分の能力の及ばないところは人に任せる、というのがアウグストゥスの一貫したやり方だったが、だからといって劣等感から無縁であったわけではないだろう。「わたしの兵」と呼ぶ、兵士たちとの一体感は、アグリッパ将軍やティベリウスにはあっても、アウグストゥスにはなかったに違いない。

 レーヌス軍団もダーウィヌス軍団も、ティベリウスにとっては紛れもなく「わたしの兵」だった。ティベリウスが兵に課した規律の厳しさはよく知られていた。だが、それも全て兵たち自身のためだ。規律のない軍団など烏合の衆と同じであり、烏合の衆が戦場で生き残ることなど出来ない。勝利し、生き延びるための規律であり、それにはすべて意味がある。ないものは躊躇なく改めてきた。だからこそ、多少の不満があっても兵たちは進んでそれに従うのだ。父親が息子を思うように、指揮官は自軍の兵を愛し守り、養い育てる。そうして互いに信頼しあうことなしに、軍を率いる事など決して出来ない。それがティベリウスの信念だった。まともな指揮官なら、必ずそう考えるだろう。

 だが、それはアウグストゥスの前で口に出してはならないことだった。

「最高司令官として判断しろだと。そのようなこと、そなたに言われるまでもない。最高司令官として、わたしはそなたにアルメニアへ行けと命じているのだ。そなたの能力を買っておればこそだ。そなたもローマ軍の一員なら、与えられた任務を全うしろ。それはそなたの義務だ」

「……」

 ティベリウスは口を噤んだまま、しばらく返事をしなかった。五十七歳になった継父の顔を見つめ、それから視線を膝に落とした。アウグストゥスも少し興奮が収まったのか、軽く息を吐き出してから言った。

「……元老院へ正式に諮ったほうがよいか。そうしてもよい。それでそなたが納得するなら」

 元老院へ諮る? 白々とした気分でティベリウスは継父の言葉を聞いた。諮ったところでどうなる? 十四歳の子供の執政官就任などというたわごとを言うような、今の元老院に出来るのは、追認だけだ。事態は何ひとつ変わらない。

 口から出た言葉は、ティベリウス自身でも予期していなかった。

「お断りします」

 アウグストゥスは、ティベリウスの言葉の意味を取り違えたらしかった。

「それなら、もうよいな」

「アルメニアへは行きません。あなたがどう言おうと、元老院が認めようと同じです」

「ティベリウス……!?」

 アウグストゥスは目を瞠る。ティベリウスは椅子から立ち上がった。継父をじっと見つめ、丁重に一礼してから無言で踵を返した。

「ティベリウス、待て!」

 ティベリウスは迷ったが、足を止めて継父を振り返る。継父も立ち上がり、信じられない様子でティベリウスを見つめた。

「気でも狂ったか。一体、何を考えている?」

「申し上げたとおりです。アルメニアには行きません」

「そんな勝手が許されると思うのか?」

「許して頂かなくて結構です」

 ティベリウスも相手の言葉尻を捉えて言った。そして再び継父に背を向け、真っ直ぐに扉へ向かった。



     ※



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