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第一章 父の帰還(二六) 場面六 対立(二)

 ティベリウスを私室に迎え入れた継父は、例の気さくな笑みを浮かべてティベリウスを抱擁し、椅子を勧めた。ティベリウスは椅子に掛けた。

 五十七歳の継父は、ティベリウスに体調のことや子供たちのことなどを少し尋ねてから、少し改まった口調になって言った。

「我が後継者に、是非とも果たしてもらいたい任務がある。わたしの共同統治者となったそなたにしか任せられぬ仕事だ」

「どのようなことでしょうか」

 ティベリウスは尋ねた。先日の議会で、アウグストゥスはティベリウスに五年任期の護民官特権の付与を求め、元老院によって可決されている。「身体不可侵」と「拒否権」を主な内容とするこの特権は、以前はアグリッパがこの継父と共有していたもので、確かに後継者としての立場を強調するものに他ならなかった。

「アルメニアへ行ってもらいたい」

 アウグストゥスは言った。

「―――」

 ティベリウスはアウグストゥスを見つめた。

アルメニアの情勢が混迷していることは当然知っている。アルメニアはローマの属州ではなく、専制君主を戴く友好国だ。それほど大国ではないが、その背後に控える強国パルティアを牽制するために、極めて重要な国の一つだった。十四年前にティベリウスが自らの手で戴冠させたティグラネス二世が王位にあった間は比較的平穏だったアルメニアも、この王が二年前に死亡して以来、再び内戦状態に陥っている。アウグストゥスが認めた後継者はアルメニア人によって殺害され、前王の息子が王位に就いたがこれも国民によって間もなく廃されている。この混乱を収拾することは、ローマの東方戦略上、緊急の任務であることは間違いない。

 ティベリウスはしばらく黙っていた。

 アウグストゥスの意図するところは判る。東方諸国は、その多くが君主国だ。専制君主相手の交渉には、将軍よりも王や王子といった人間が当たる方が相手の抵抗が少ない。更に内戦の調停という任務の性質を考えた時、首席将軍であり、かつアウグストゥスの共同統治者であり、娘婿でもあるティベリウスほどの適任は他にいなかっただろう。それに加え、生粋の貴族階級に属するティベリウスはこうした場での振る舞いを叩き込まれていたし、東方の第二外国語であるギリシア語にも精通している。第一の共通語はシュリア(シリア)語で、さすがにそれは挨拶のレベルでしかないが。

「ティベリウス?」

 長い沈黙に、さすがにアウグストゥスも少し焦れたらしい。返事を促す様子で名を呼んだ。ティベリウスはようやく口を開く。

「ゲルマニアはどうするのです」

 ティベリウスは尋ねた。アウグストゥスは少し間をおいて答えた。

「そなたの後任には、マルクス・ロリウスを考えている」

「あの男には無理です」

 ティベリウスは思わず間髪入れずに言ってしまった。アウグストゥスは苦笑する。

「そなたが彼を嫌っているのは知っているが―――」

「好き嫌いの問題ではありません。わたしはあの男の能力を問題にしている。ゲルマニアは戦場です。まだシュリアやアエギュプトゥス(エジプト)のように属州ではありません。ロリウス殿には文明国の知事として外交と折衝をこなす能力はあっても、レーヌスの軍団の総指揮は執れない。しかも、あの男は十年前にガリア(フランス)で、レーヌス河を越えてきたゲルマン人に対して大きな敗北を蒙っている。ゲルマン人はまだそれを覚えています」

「まあ、落ち着け。そう興奮するな」

 アウグストゥスは制する手つきをした。ティベリウスも少し息をついたが、再び口を開いた。

「アウグストゥス、どうか昨年起こった反乱の事をお考え下さい。かの地の制圧はまだ途上です。必要なのは政治ではなく、軍事力です。ロリウス殿には無理です」

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