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第一章 父の帰還(二二) 場面五 共和国(三)

 ピソの邸も、ティベリウスの邸も、共に高級住宅街であるパラティウムにある。ティベリウスは二月の冷たい空気の中をゆっくりと歩いた。

 降るような星空だ。

『どうせ呑みたい気分になると思うがな。明日もどうせ今日の続きだ』

 ピソの言わんとすることは判る。今日開催された元老院で、信じられない提案がなされたのだ。

 アウグストゥスの孫であるガイウス・カエサルを、執政官に推そうというのだ。

 ユリアと故アグリッパ将軍との間に生まれたこの少年は、やっと十四歳になったばかりだ。成人式さえ済ませていない子供を、こともあろうに国の最高官職である執政官に推薦するとは!

『いずれ国家の中枢を担うべきかの高貴なるお方を、元老院はこのローマ最高の役職を持って迎えたいと思う』

 ティベリウスは伝統ある元老院議事堂で、この国を背負ってきた元老院議員の一人が語るのを見た。

 アウグストゥスはそれを断った。その場に相応しい渋面を見せて、穏やかに、しかしきっぱりと断った。だが、執政官就任は断ったものの、別の議員がアウグストゥスの思慮を褒め、それならせめてガイウスには元老院に出席する事だけは認めるべきだと発言したことに対しては、アウグストゥスはそれを受け入れ、更に自らが長を務める神官の一人にこの孫を加えることは認めてくれるよう求めたのだ。そんなやりとりが行われること自体、元老院の変質を如実に物語っていた。

 現在国の最高意志決定機関である元老院は、元々は王を補佐する各氏族の家長の集まりとしてスタートした。その元老院が中心となって王を追放し、選挙によって選ばれた政務官が命令権を行使する共和政へと移行したのが、約五百年前の出来事だ。それ以来、二度と王政へ―――「独裁」へと逆行することがないよう、神経質なほどの注意を払って作り上げられてきたのが、現在の「共和国ローマ」の政治の枠組みであったのだ。選挙によって選出される各政務官の任期は一年間で、連続就任は禁止。執政官を頂点とする各役職は必ず二人以上で務めるものとされ、互いに拒否権を行使できることになっている。

 ティベリウスが属するクラウディウス一族は、ローマが共和政に移行した頃、アットゥス・クラウススに率いられてこの地へ移り住んできた。ローマ市民となり、間もなく貴族に叙せられてからは、執政官を二十八回、独裁官(ディクタトル)を五回、監察官(ケンソル)を七回務め、凱旋式(トリウンフス)を六回、小凱旋式(オウァデイオ)を二回挙行した名門だ。これほどの家門は他にない。まさにこの共和国を背負い、ローマと共に歩んできた一族なのだ。

『我が共和国ローマに栄光あれ』

 ティベリウス同様、クラウディウス一族の直系であった弟はそう言い遺して死んだ。弟は共和政信奉者だった。兄よりもはるかに率直だったドゥルーススは、アウグストゥスに「ローマ古来の政体に戻すべきだ」と幾度となく抗議していた。その度にアウグストゥスは例の気さくな笑みを浮かべ、「自分もまた共和国の精神を愛しており、ローマは以前と変わらず共和国だ」と答えていた。ドゥルーススはどちらかというと緻密な議論は苦手な性分だったから、アウグストゥスという稀有の政治家の―――ティベリウスはそう思っているのだが―――のらりくらりとした言辞に話をはぐらかされた挙句、「精神とか理念とかいった小難しい話で、この教養のない継父をそう困らせないでくれ」と苦笑いされ、うやむやのうちに論点をズラされてしまうことが多かった。それも、ドゥルーススという男の愛すべき点ではあったと思う。

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