第七章 イムペラトル 場面六 夜明けの海(八)
「それに、リウィッラが黙っていないわ。そうはお思いにならない?」
「まあ、あいつはね」
ゲルマニクスは苦笑する。確かに勝気な妹が、我が子のことでドゥルーススの尻を叩くことは十分にありそうだ。
「あなたの妹さんを悪く言いたくはないけれど、でも、リウィッラはわたしがお気に入りのお兄様と結婚したのがとにかく気に入らないのよ。それに、本当だったらわたしの兄と結婚するがはずが、それもだめになって。面白くない気持ちは判るけど、それでももう少し打ち解けてくれてもいいのにと思うわ」
「ガイウス殿も立派な方だったけど、ドゥルーススだっていい奴だよ。多少………まあ、何ていうかガキ臭いところはあるけどさ。単純っていうか、素朴っていうか、乳臭いっていうか。でも、あいつはいい奴だ」
断言すると、アグリッピナは小さく笑った。
「本当に、あなたは生まれついてのお兄様ね」
丁度その時、回廊からアントニアの声が聞こえた。見ると、アントニアはリウィッラとネロを連れて、こちらへ向かって手を振っている。傍らにティベリウスの姿もあった。ネロは中庭をおぼつかない足取りで駆けてくる。アントニアが「転ぶわよ!」と大声を上げた。彼らに向けてアグリッピナは軽くお辞儀をし、それからゆっくりと手を振りながら言った。
「正式に結婚するとは限らないわ。大体、義父上はお義母様が好きなのよ。眸を見れば一目瞭然ではなくて? まるで獲物を狙う蛇みたいに、じっと機会を伺っている眸よ。今朝だって、海を見に行ったなんて仰ってるけど、本当のところは判りはしないわ」
「蛇はよせよ。―――だけど、ぼくもその話は驚いたな」
軽くたしなめたものの、ゲルマニクスもつい苦笑した。あの堅物の総司令官、「あの」伯父上と二人で海とは! 亡夫の兄と義理の妹という関係ではあっても、正直なところとても想像が出来ない。しかも夜明け前に出て行って、三時間ほどしてようやく戻ってきたという。母は確かに社交的だが、それでも一体何の話をしたのだろうか。
ゲルマニクスは自分からもネロのほうに行き、抱き上げた。淡い金髪と薄茶色の眸の愛らしい子供だ。頬にキスして肩車をしてやり、それからゲルマニクスはアグリッピナと共に回廊へと歩いていった。
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