第七章 イムペラトル 場面六 夜明けの海(七)
「ガイウス」
よく手入れされた庭園を歩きながら、アグリッピナが言った。乳母が次男のドゥルーススを抱き、少し後ろを歩いている。長男のネロはアントニアのところだ。ネロはこの祖母が大好きで、一緒にここへ来ることができたことが嬉しくて仕方がないらしい。滅多に会えない父よりもお祖母様のほうがいいのか、とからかうと、恥ずかしそうにしていた。どちらかというと大人しい性格らしい。
「お尋ねしてもいい?」
アグリッピナは満開のアーモンドの白い花を一輪、その白い指先に摘み取った。
「何でも」
「義父上は、お義母様と結婚なさるの?」
「母上と?」
「義父上」とは、当然ティベリウスのことだ。ゲルマニクスは妻の指から花を取り、それを結い上げた髪に挿した。栗色の髪に、白い花がよく映える。
「その話は内々に何度かあったようだけど。今更結婚はないんじゃないか。それに、ドゥルーススとリウィッラが結婚している以上、法律上も厄介だしね」
「だからこそよ」
アグリッピナは歩みを止める。
「お義母様はアウグストゥスの姪よ。結婚すれば、義父上の立場は強くなるわ」
「アグリッピナ」
「ドゥルースス殿の立場も強くなる。リウィッラとお義母様、二人の縁故で守られれば安心でしょう」
「ドゥルーススはそんな風に考える男じゃないよ」
ゲルマニクスは妻をたしなめた。アグリッピナは苦笑を浮かべてゲルマニクスを見る。
「あなたは優しいわ」
「君、ドゥルーススを知ってるだろう?あれは権力欲とは無縁の男だよ。ぼくには実の弟以上の存在だ。あれだけ信用できる男はちょっといない」
「今までは確かにそう。でも、子供が出来れば人は変わるわ」
アグリッピナは再び歩き始めた。ゲルマニクスは妻の肩を抱く。妻は華奢な肩をわずかに夫に預け、ゆっくりと歩いた。リウィッラの懐妊は、ゲルマニクスには純粋に嬉しい事だったが、アグリッピナには警戒心を起こさせたようだった。