第七章 イムペラトル 場面六 夜明けの海(六)
アントニアは、まったく変わらなかった。海で時間を過ごした以外、アントニアと持てた時間はそう多くはなかったが、邸のことでは少し話をした。小ティベリウスに縁組の話がある、とアントニアは言った。
「リウィアがご友人のウルグラニアの孫娘を、ティベリウスの妻にどうかと言ってこられたわ。わたしからあなたにお話して欲しいと」
身体の弱い小ティベリウスも、二年前に成人式を終え、十六歳になった。確かに、そろそろ妻帯してもおかしくない。ウルグラニアの孫娘、ということは、東方から軍を率いてきた、シルウァヌス・プラウティウスの娘だ。由緒ある家柄で、条件としては悪くない。
だが、ティベリウスはあの引っ込み思案の甥に長く会っていない。成人を機にアウグストゥスと話をしたが、もう少し品格ある振る舞いを身につけるまでは、人前に出すべきではないという方針になっているほどだ。緊張すればひどく吃って涎を垂らし、不自由な足を引きずってよろめき歩く姿は、口の悪い市民たちの格好の話の種になるだろう。クラウディウス一門の長としての責務は当然果たさせなければならない。だが、それ以外の公生活の面では、幸いにして学問好きである小ティベリウスには、学者として研究や著作に生きる方が本人のためなのではないかと、ティベリウスも思う。
「いい話だとは思うが、ティベリウスの様子はどうだろう」
「相変わらず引きこもりがちなの。今はガイウスがいないものだから、ドゥルーススに頼り切っているわ。でも、結婚すれば少し自信もつくのではないかしら」
アントニアの言い分も判らないではなかったが、それも相手次第だ。人から侮られる夫でも立ててくれるような出来た娘であればともかく、一緒になって軽蔑するような娘と結婚すれば目も当てられない。大体、自信など己れで培うものであって、妻に評価されてやっと自信が持てるというのでは情けない。
とはいえ小ティベリウスの結婚は、いずれは考えなければならない課題だった。
「シルウァヌスとは話をする。早いうちに返事をすると、母上に」
「判ったわ」
アントニアは頬笑んだ。
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