第七章 イムペラトル 場面六 夜明けの海(五)
「アントニアと出かけたそうだな」
遅くに起きだしてきたアウグストゥスは、挨拶のために訪れたティベリウスにそう言った。寒さに弱い養父は、短衣を重ね着し、その上から分厚い羊毛のガウンを羽織っていて、小柄なだけに一層着膨れて見える。加えて室内には火桶が三つも運び込まれていた。それに対し、ティベリウスは短衣に薄手のガウンという軽装だ。
「海を見せると約束していました。もう、三年も前に」
「ほう………」
アウグストゥスは眼を細めた。かつてアントニアと結婚するように勧めたこの養父も、もう何も言わなかった。
「寒くはなかったか」
「少し」
「さぞ喜んだろう」
「そのようです」
「それはよかった。………海か。それは気づかなかった。ここにいるうちに、一度皆を連れてゆこう」
ティベリウスは、アウグストゥスにリウィッラの懐妊を報告した。養父は歓声を上げ、ティベリウスを抱擁した。
「素晴らしい知らせだ! 全く素晴らしい! そうか、あのドゥルーススが、とうとう父親になるのか!」
ティベリウスは小さく頷く。アウグストゥスは満面の笑みを浮かべてティベリウスを見ると、身体を離してティベリウスの肩を軽く叩いた。
「もう少し嬉しそうな顔の一つもしたらどうだ、全く!」
「はい―――」
「ドゥルーススにはそなたから知らせてやれ。そうだ、早速リウィッラをねぎらってやろう!」
アウグストゥスは使用人にリウィッラの都合を尋ねるように言い、行ってもよいと聞くといそいそと部屋を出た。ティベリウスは子供のような養父の喜びように内心少し苦笑しながら、黙ってその後に続いた。
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