第七章 イムペラトル 場面六 夜明けの海(四)
邸に戻ったのは、朝食の時間が終った頃だった。玄関大広間を抜け、中庭を囲む列柱回廊でそれぞれの部屋に別れた。
「ありがとう………」
アントニアはそう言って頬笑んだ。
「こんな綺麗なものを見たのは、生まれて初めてよ」
ティベリウスはアントニアの額に口付ける。冷たい風にさらされた額は冷たく、かすかに潮の香りがした。きっと身体も冷え切っているだろう。
「部屋に火桶を運ぶように言っておこう」
そう言ってから、我ながら気の利かない台詞だ、と内心苦笑した。義妹の礼に対し、もう少し返答のしようもあるだろうに。
「ありがとう」
アントニアは頬笑みを浮かべたまま言った。
「後で、リウィッラを連れて挨拶に伺うわ」
「大事な身体だ。無理はさせなくていい」
「大丈夫よ。病気じゃないもの。お話中にお邪魔しては申し訳ないから、昨日は伺わなかっただけ」
アントニアはティベリウスの頬にキスした。
「本当にありがとう。無理かもしれないとも思っていたから、とても嬉しかったわ。お風邪を召さないで」
言い残して、義妹は部屋に戻っていった。ティベリウスは従者に、自室に朝食を運ばせるよう命じ、アウグストゥスが起床しているかを確認するように言った。更にアントニアの部屋に火桶を運ぶこと、食事の手配の要否を確認させるよう指示した。身支度を整えたら、邸の主人に挨拶をし、夜明け前から外出した非礼も詫びなければならない。忙しい日常が、再び始まろうとしていた。
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