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第七章 イムペラトル 場面六 夜明けの海(三)

 夜がゆっくりと明けてゆく。水平線は茜色の光に滲み、水面は生まれたばかりの光を散らして煌いた。アントニアは歩みを止める。昇ってゆく太陽が、それを見つめる女の白い肌を淡いオレンジ色に染めた。

 繰り返す、遠い波の音―――

 義妹の眸に涙が光る。ティベリウスは細い肩を抱いた。女が静かな吐息と共に身を寄せてくる。ティベリウスには傍らに立つこの愛しい女が、自分と同じ幸福感を共有していることが判った。

 愛している。ティベリウスは夜を追い払う新しい光を見つめながら、潮が満ちるように溢れてくる想いにただ心をゆだねていた。あなたを、どうして愛さずにいられるだろう。たとえこれ以上、進みようのない想いであっても。

 アントニアはいつも、弟の記憶と重なっていた。目が離せないほどお転婆な少女だったアントニア。やがて弟の優しく快活な妻として、慎ましいウィプサーニアと共にティベリウスに安らげる場所を与えてくれた。心を殺し、黙って別れてゆくことしか出来なかったティベリウスとウィプサーニアのために、心の底から怒ってくれた。

 弟を失い、葬儀だけを済ませて戦場へと戻ったティベリウスが、一年後にようやくローマへと帰還した時、アントニアはただ一人、喪服姿で迎えた。ゲルマニアを征した、輝かしい凱旋将軍だったティベリウスを、弟を失った兄として迎えてくれたのだ。ティベリウスは一年間、弟の遺志を継ぎ、弟の軍を率いて戦い続けてきた。ティベリウスはこのときようやく、かけがえのない者の死を心から悲しみ、悲嘆の想いを重ねあわせることができたのだ。そして、ローマを去るティベリウスを静かに受けとめ、背を押してくれた。義妹はごく当たり前のように、澄んだ声で尋ねたのだ。「わたしに任せて下さる?」―――と。ティベリウスは、その声に屈服した。

 愛している。心から、あなたを愛している。打ち寄せる波のように絶え間なく、緩やかなダーウィヌス河(ドナウ河)の流れのようにとめどなく、わたしはあなたを想う。

 愛している、わたしのアントニア………



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