第一章 父の帰還(十九) 場面四 弟の死(八)
建国暦七四六年(紀元前七年)一月一日、ティベリウスは友人のグナエウス・ピソを同僚として執政官に就任し、一月末には予定通りに凱旋式を挙行した。黄金の甲冑と真紅のマントに身を包み、四頭立ての戦車に乗って市内をパレードする凱旋式は、ローマの男にとって最高の栄誉とされている。清冽な冬の空気の中、忠実な軍団兵たちと共に降り注ぐバラの花びらを浴び、市民たちの拍手と歓声に包まれながら、それでもティベリウスの心は弾まなかった。果たして自分は、凱旋式に値するだけの事を達成したのかという疑問と、たとえゲルマニア征服が完了したのだとしても、この場で「総司令官万歳」の歓呼を受けるのは本来ならば弟であったはずだという思いが、ティベリウスの心を重くしていた。
ティベリウスは腰に帯びた剣に触れた。葡萄酒色の革に黄金の装飾を施したこの名品は、ドゥルーススの形見だ。二十九歳の若さで逝った大切な弟、わたしの半身よ。この歓声が聞こえるか? これはお前の栄誉だ。お前のものだぞ。
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ティベリウスの危惧は的中した。華々しく挙行された凱旋式から二カ月と経たないうちに、再びゲルマニアで反乱が勃発したのだ。ガリアを視察中だったアウグストゥスから、ティベリウスに鎮圧を命じる指示書が届き、ティベリウスはそれを受けてローマを発った。執政官職は同僚のピソに託し、一月に着手したばかりの神殿の改築工事は別の議員に監督を頼む他ない。
アウグストゥスはティベリウスと入れ替わる形で首都に戻ってくるという。この第一人者を迎える役目は、アウグストゥスの希望で、十三歳のガイウス・カエサルがピソを補佐役に務めるとのことだ。いまだ成人式さえ迎えていない子供に、そのような公の役目を与えるとは。アウグストゥスが孫で養子のガイウスとルキウスにかける期待は、少々度を越している。ローマは共和国、すなわち「公共のもの」であり、東方の国々のような君主国ではない。第一人者の子がその資質に関係なく第一人者の地位を受け継ぐということになれば、それは既に共和政体とは呼べない代物なのではないか。ティベリウスは少し不快な気分にはなったが、敢えて何も言わなかった。