第七章 イムペラトル 場面四 国父アウグストゥス(十)
アウグストゥスはティベリウスを見つめた。
「首都にあって、そなたが傍にいてくれればと何度思っただろう。困難にぶつかる度に、そなたの知恵を借りることができればと幾度神々に祈ったことか。今日ここに来たのは、そなたにあれこれと指示を与えるためではない。ただ、そなたに会いたかった。そなたの変わらぬ姿を目にするだけで、この老人がどんなに勇気づけられることか」
「アウグストゥス」
「どうか存分に戦ってくれ。我が国の守護者、最も勇敢にして賢明な、わたしの後継者よ。そなたの存在がわたしの支えだ。それを忘れないでくれ」
アウグストゥスの言葉を、五人の孫のうち四人を失ったという絶望から来る、ティベリウスへの性急な傾斜と皮肉な目で見ることも出来たかもしれない。だが、ティベリウスには理由などはどうでもよかった。ティベリウスは養父を愛していた。老齢による衰えが目に見えるようになってからは、寄る年波にもなお衰えない養父の強靭な意志への尊敬と、老父に対する息子としての責任感もそこに加わっていた。
そしてティベリウスは、父祖たちが築き上げてきたこの国を愛していた。そのアウグストゥスがティベリウスを信頼している。この国が、ティベリウスの力を必要としているのだ。結局、重要なことはそれだけだった。愛する者に必要とされ、それを守るために戦うことほど、充実した生がまたとあるだろうか。
アウグストゥスとは、それから長い時間話をした。イリュリクムのこと、平定が宣言されてからのゲルマニアの統治のこと、東方の属州、シュリアやカッパドキアのこと、中々安定しない首都の小麦の供給のこと、パドゥス河(ポー河)の河口に築いた巨大な運河のこと、順調に進んでいるという、コンコルディア神殿の改築工事のこと―――話し合わなければならない問題は常に山積していた。片やシスキアに、片や首都に身を置いていても、ティベリウスもアウグストゥスも、可能な限り書簡を交わし、問題を報告しあってはいる。それでも実際にこうして膝をつき合わせてみれば、知らないことは互いに数多くあった。結局、夕食の時間になっても話は尽きず、慌しく入浴を済ませてから応接室に簡単な食事を運び込ませ、それを食べながら話を続けた。食べることに関心が薄いという点は、ティベリウスとアウグストゥスに共通した特徴だったのだ。もっとも、ティベリウスは美食へのこだわりはなくても、アウグストゥスほどは少食ではなかったが。