第七章 イムペラトル 場面四 国父アウグストゥス(八)
「わたしが父ならば、さしずめそなたは、頼りになる我が国の「兄」といったところかな」
「………」
ようやく、アウグストゥスが平素の気さくな口調に戻った。
「では、卓越した守護者であるそなたに尋ねよう。戦況はどうだ。不足はないか?」
アウグストゥスが尋ねた。
「会計検査官以下、事務方は皆優秀です。軍では、冬営中の食料も装備も不足はありません。モエシアとトラキアにも支援物資を送り込みました。医師も薬も迅速に補給して頂き、確保の目処がつきました。いくつかの軍団基地で若干の要望があることも聞いていますが、わたしがあれこれと指示をする必要はないようです。まして、首都を煩わせるほどの規模ではありません」
アウグストゥスは頷く。
「それならよい………」
独り言のように言い、養父は口元に笑みを浮かべた。
「友人の息子が会計検査官をしているが、本営では総司令官の目が光っていて夜もおちおち眠れぬそうだな。食料の調達が予定通りにいかなかった時は、どんな罰を与えられるかと想像して、報告をしにいく足が震えたそうだ」
「―――」
「だが、総司令官は忠告を与え、書面で報告書を出すようにとは言ったが、罰は与えなかったらしい。二度同じミスをした者は叱責を受けたそうだが。そなたの下に送ったウェレイウスによれば、「陣営生活で欠けているのは我が家と家族だけ」だそうだ。検査官を震え上がらせながら、陣営内の生活水準の維持に心を砕く総司令官のおかげでな」
ガイウス・ウェレイウス・パテルクルスは騎士階級の生まれだが、先頃元老院階級である財務官に抜擢された男だ。ティベリウスは部下の四角い顔とずんぐりした手足を思い浮かべながら、苦笑混じりに言った。
「ウェレイウスは優秀ですが、いささか表現が大げさになる嫌いがあります。感動しやすい男なので」
「彼だけではない。そなたは何も言おうとせぬが、わたしはそなたへの賛辞を、それだけで賛歌の一つや二つすぐに作れるぐらい耳にしている。神祇官ピソは、そなたに「敬虔な人」という添え名を与えるべきだと言っていた。ティベリウス・ユリウス・カエサル・ピウス、とな」
「グズ男ではなく?」
「ティベリウス」
アウグストゥスは鷹揚な笑みを浮かべたまま言った。
「そなたの辛抱強い戦いぶりを、能力の不足や優柔不断に帰す者がいたことを否定はしない。わたし自身、歯がゆく思った一人だった。わたしは将軍としてのそなたの卓越した能力を知っていた。だからこそ、一層もどかしく思ったのだ。だが、今は違う。ローマはそなたの戦略を支持している。わたしも同様だ。軍団指揮権を持ち、このローマの剣となり盾となり、たゆみない戦いを続けているのはそなただ。誰にも何も言わせない」