第七章 イムペラトル 場面四 国父アウグストゥス(七)
我が身の不幸を自制心なくティベリウスにぶちまけ、少しは気持ちが収まったのだろうか。黙り込んだアウグストゥスに、ティベリウスは静かな口調で言った。
「ゲルマニクスは、弟が遺した大切な子供で、今はわたしの息子です」
使用人が、アウグストゥスのカップにワインを注ぎ足す。アウグストゥスはそれを飲んだ。
「アグリッピナはその妻で、子供たちはわたしの孫です。どうかご安心下さい」
アウグストゥスはゆっくりと頷く。ティベリウスの言葉を反芻するように、何度も首を縦に動かした。
「………そなたを息子に欲しかった。そなたたち兄弟を」
ポツリと呟く。
「わたしはあなたの息子です。アウグストゥス。ドゥルーススもあなたを父と慕い、あなたのために生きました」
ティベリウスは言った。
「早くに逝った弟の分も、わたしはあなたに仕えます。国父アウグストゥス」
「国父か」
アウグストゥスは苦笑する。
「そうだな。わたしの身には余る、過ぎた息子たちだ」
元老院が「国父」の称号をアウグストゥスに捧げた時、ティベリウスはロードス島にいた。元老院議員全員が起立し、アウグストゥスに「国父アウグストゥス」と呼びかけた時、この第一人者は感涙を隠さなかったのだという。
アウグストゥスは深く息を吐き出した。再び、室内に沈黙が下りる。ティベリウスは果樹園の壁画を眺めるともなく眺めた。木漏れ日から降り注ぐ陽光の下、ウィプサーニアやドゥルースス、アントニアたちと中庭を歩いたこともあった。もう遠い昔のことだ。