第七章 イムペラトル 場面四 国父アウグストゥス(五)
「アントニアもリウィッラもここに来ている」
長椅子に腰を下ろしながら、アウグストゥスは言った。ティベリウスは意外な気持ちでアウグストゥスを見る。養父は頬笑み、ワインを口に運ぶ。陶製のカップからかすかに湯気が立ち上っている。湯で割ったのだろう。
「リウィッラが少し体調を崩してな。今医者に診せている。アントニアも付き添っているが、後で挨拶するそうだ。しかしまあ、女が三人もいるとまったく姦しい。しかも侍女まで話好きときている」
ティベリウスは苦笑し、ほの温かいワインを口に運んだ。
「アグリッピナを赦してやってくれ。多少気が強いが、悪い娘ではない」
「判っています」
しばらく沈黙があった。
「ティベリウス」
アウグストゥスはカップを卓上に置き、ティベリウスを見つめる。
「赦してやってくれ、あの娘を。若さゆえの失敗も驕りもあろう。だが、あの娘は夫にも子供たちにも忠実だ。夫を思う余りに、そなたに対して行きすぎた振る舞いがあることはわたしも耳にしている。勝気だが、悪い娘ではない」
ティベリウスは養父を見た。幾重にもしわが刻まれた口元は、かすかに震えているようだった。
「アウグストゥス………?」
アウグストゥスは何度か口を開きかけてはやめるということを繰り返し、ようやく言った。
「はるばる北の国境から来てくれたそなたに、こんな話をするのを許してくれ。ユリッラを追放する」
「―――」
咄嗟には言葉が出なかった。ポストゥムスを追放してから、まだ半年も経っていない。
「あの恥知らずめ。執政官級の男の妻でありながら、二人の子を持つ母親でありながら、他の男の子を身ごもるとは」
アウグストゥスは歯軋りせんばかりの口調で言った。
アグリッピナの姉であるユリッラは、まだ二十歳を少し越えたところだ。夫はルキウス・アエミリウス・パウルス。ガイウス・カエサルの執政官同僚をつとめた、由緒正しい家柄の貴族だった。偉大なるポンペイウス(ポンペイウス・マーニュス)や、独裁官スッラの子孫でもある。
「相手は誰です」
「デキムス・シラヌスだ。あの品性卑しい成り上り者。あの男だけではない。だが、もう聞きたくはない。他人の妻と寝る薄汚い男の子を身ごもった。それで十分だ」
「腹の子はどうなさるのです」
アウグストゥスは身震いし、激しくかぶりを振った。
「どこかの山にでも捨てるがいい。考えるだにおぞましい」
「………」
「ああ、スクリボニアと結婚したのは、我が人生最大の汚点であった。子供など生ませるのではなかった。なまじ娘などもうけたばかりに、こんな汚辱にまみれねばならぬとは」