第七章 イムペラトル 場面四 国父アウグストゥス(四)
アグリッピナの自尊心は、この国の第一人者アウグストゥスの直系であるという、その一点にあった。それは何もアグリッピナに限らない。アグリッパ将軍の血を引くとは思えない出来の子供たちは、父の卑賤な生まれを軽蔑さえしていた。母の血を尊びながら、その母は醜聞にまみれ島流しになったという状況では、全ての罪をティベリウスに帰し、ティベリウスを憎む以外になかったのは判らなくもない。
ユリアとのことでは、憎まれても恨まれても文句は言えない。だが、アグリッピナの血統第一の考え方では、この国を継ぐべきなのはかつては兄ガイウスやルキウスであり、彼ら亡き今では、アウグストゥスの姪の息子で、かつアウグストゥスの孫である自分を妻にしているゲルマニクスこそが、正統な後継者である、ということになっていた。
その考えからすると、ティベリウスにはアウグストゥスの後を継ぐ資格がない。実力という物差しを持たない彼女からすれば、アウグストゥスによるティベリウスの抜擢は、「女オデュッセウス」とさえ囁かれる策謀の女リウィアが、夫を篭絡した結果に他ならない。ガイウスとルキウスの死もティベリウスのせいなら、ポストゥムスの追放もリウィアの陰謀なのだ。そこまで憎悪に凝り固まれては、ティベリウスとてこの女に好意の持ちようもなかった。
更にアグリッピナのティベリウスへの敵意は、ドゥルーススへの蔑視という形にまで現れていた。兄ガイウスと結婚するはずだったリウィッラが、結局ドゥルーススと縁組がまとまった時、アグリッピナはこう言い放ったのだ。「国母になれなかったのは残念かもしれないけど、ドゥルーススは優しいし、あなたはアウグストゥスお気に入りの姪の娘なんですもの、きっと宝物のように大切にしてくれるわ」。使用人から聞いて、ティベリウスは正直怒りさえ覚えた。一体この女は、わたしの息子をどう考えているか、と。