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第一章 父の帰還(十八) 場面四 弟の死(七)

 ティベリウスはため息をついた。

 ローマに戻れば、思い出してしまう。若い頃の血の熱さ。痛みも苦悩も憤りも全て。ティベリウスはずっと戦い続けてきた。ローマのために、アウグストゥスの信頼に応えるために、そして今は、道半ばで命を落としたドゥルーススのために。だが、ドゥルーススに代わって総指揮を執るようになった対ゲルマニア戦線は、それまでの戦場とは少し異質だった。間もなく、ティベリウスはそのことに気づき始めた。

 ガリアとは違い、ゲルマニアには「核」がない。ガリア人たちは一度はウェルチンゲトリクスという指導者の下に結束し、今は「神君」となったユリウス・カエサルに抵抗した。カエサルはそれを破り、ガリアを制した。

 だが、ゲルマニアに攻め入っても、「ゲルマン人」を相手にするということはなかった。ゲルマン人の多くは、かつてのガリア人と比べて極めて閉鎖的な部族集団を形成しており、他部族との交わりを拒んでいた。それに、定住性の乏しい狩猟集団である彼らは、攻め込めばためらいなくその地を捨て、彼らが「母なる森」と呼ぶ森林の奥深くに潜伏する。そこからゲリラ戦を展開するという戦法をとるのだ。ゲリラ戦は、会戦を得意としてきたローマ軍には不得手な分野だった。

 ゲルマニアのローマ化を意図するなら、点と線ではなく、面によって成すほかはない。地域全体を、布を一枚ずつ広げるような形でローマのものとしていかなければならないのだ。ドゥルーススが果たした制圧行は、まだ点と線に過ぎなかった。放置すれば、砂地に描いた線のように崩れ落ち、跡形もなく元に戻ってしまう。「母なる森」に呑み込まれてしまうのだ。

 ティベリウスは、ゲルマニア完全制圧のための兵力の増強をアウグストゥスに求めた。だが、継父は―――「全軍最高司令官」であるアウグストゥスはそれを認めなかった。ドゥルーススはアルビス河に達し、ゲルマニアの奥深くにいくつかの前線基地を築いた。アウグストゥスは、制圧行はほぼ成ったと考えていた。ゲルマニア内の「残党」の鎮圧には、現状の兵力で十分だと思っていたのだ。そしてその事を証明するかのように、ゲルマニアのいくつかの部族が、アウグストゥスに対して平和協定の調印を求める使者を送ってきた。アウグストゥスはその中に主要部族の一つが含まれていないことを理由に調印は拒否したが、翌年早々に凱旋式を挙行する事をティベリウスに知らせてきた。同時に、翌年の執政官にそなたを推薦したので、ローマに戻ってその職責を果たしてもらいたい、と。

 ティベリウスは、初めて継父に抵抗した。まだその時期ではない、と。ゲルマニア内の前線基地は、敵地の真っ只中に存在する孤島だった。昼なお暗い森に閉じ込められ、いつ呑み込まれるとも判らない。そんな危険な状態に兵たちを放置しておくなど、彼らに死ねと言っているようなものだ。戦争は終わっていない。むしろ今が肝心なのだと。だが、凱旋式の挙行は最高司令官たるアウグストゥスと、我が国の最高意志決定機関である元老院の総意である、と言われては、従うより他なかった。ティベリウスは冬を待ってローマへと帰還した。



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