第七章 イムペラトル 場面三 アウグストゥスの焦燥(五)
間もなく、アウグストゥスから返書が届いた。
「神々がローマに与えた最も賢明にして思慮深き者、
卓越した守護者であるそなたに、
心からの敬愛を込めてこの書を送る。
もう何も言わない。どうか存分に戦ってくれ。
我が国広しといえども、わたしほどそなたを誇りに思っている者はいないということを、どうか忘れないで欲しい。
健康にだけは十分に気をつけるよう。ローマの未来は、そなたの双肩にかかっているのだから。
愛する息子、ティベリウス・ユリウス・カエサルへ。
アウグストゥス」
アウグストゥスの焦りは、ティベリウスにはよく理解できた。何もせずにただ「待つ」ということは、人を消耗させる。ティベリウスには、目前の敵があり、日々の戦いがある。一方、首都にあるアウグストゥスに出来るのは、待つことだけだ。先日七十歳を迎えている。何が起きてもおかしくない年齢だ。長引く戦いが、年老いた第一人者にとってどれほどの精神的負担になっているかは想像に難くない。それもまた、上に立つ者の戦いでもあるのだ。
神君カエサルよ。ユリウス一門の祖霊よ。そして、わたしの血肉である、クラウディウス一門の祖先たちよ。
わたしは祈る。わたしが、栄光に満ちたその名に恥じぬ魂を持ち続けられるように。ローマを守り抜けるように。そして我が養父上―――驚嘆すべき意志の力で、今の繁栄を築き上げてきた年老いた第一人者に、どうかそれにふさわしい平安があるように。
いつからだろう。ティベリウスは養父を愛するようになっていた。父を失って以来、身近で育ててくれた継父は、ティベリウスにとってはまず感謝すべき人であり、公務においては尊敬できる指導者でもあった。一度は反発し、ロードス島へ去った。三十五歳だった。そして九年の空白を経て公生活に復帰したティベリウスは、四十四歳になっていた。三十五歳で五十七歳だったアウグストゥスに一方的に東方への赴任を通告された時と、四十四歳で六十六歳に公生活への復帰を請われた時と、相手に対して抱く印象はおのずから異なる。ティベリウスは人生の折り返し点をとうに越え、アウグストゥスは老境に入って久しい。三十五歳にとっては見上げるばかりの壁であった継父も、四十四歳になって改めて見れば、一人の小柄な老人になっていた。そして今や七十歳になった第一人者は、尊敬すると同時に守り労わるべき、養父アウグストゥスだった。軍事を知らないが故に起こった第一人者の「勇み足」も、引退前のティベリウスであれば正面きって抗議したかもしれない。だが今なら、この「贈り物」に込められた心だけを受け取ることが出来る。首都にあって北の国境を思う養父への、感謝の気持ちをもって。歳月は、やはりティベリウスをも変えたのだった。