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第七章 イムペラトル 場面三 アウグストゥスの焦燥(四)

 更に東方から移動してきた五個軍団も、シスキアに到着する前に、敵の奇襲を受け、かなりの打撃を受けた。少しでも早く到着しようという焦りもあったのだろう。だが、ろくに斥候も派遣せずに不慣れな土地に進軍したのは、いかにも軽率ではあった。大隊長や中隊長、百人隊長が数多く殺され、深手を負った。それでも全滅を免れたのは、指揮官たちよりもむしろ個々の軍団兵たちの勇気と勝利への執念のおかげだった。混乱の中、彼らは互いに叱咤激励し、自発的に軍旗に集い、隊列を立て直した。そしてそれだけにとどまらず、反乱軍に猛攻を仕掛け、ついに彼らを撃退することに成功したのだ。

 報告を受けたティベリウスは護衛の兵を派遣して彼らを本営へ迎え入れ、自ら演壇に立って兵士たちの勇敢さを褒めた。中でも反撃の核となったという第十軍団、第四大隊の首席百人隊長ケレルには、勲章を授けた。ケレルは小柄で寡黙な印象の男で、混乱のさなか、味方を瞠目させる大音声を何度も張り上げては兵士たちを励まし、隊を立て直したという勇武は、その外見からは窺い知ることは出来ない。しかし、発言を許されたケレルの、堂々とした態度と誠実な振る舞いはやはり見事なものだった。疲労に掠れてはいても、それでもこの兵士の昂揚がはっきりと判る声でティベリウスに謝意を述べ、

「わたしはここにいる者、そしてここへたどり着くことが出来なかった者、皆を代表して身に余るこの栄誉を授かることが出来た」

とこの忠実な兵士が言った時、軍団兵の中にはすすり泣く者もいた。そうだ。多くの者たちが、つい先日まで共に食事をし、共に眠り、任務に励んできた仲間を失っていたのだ。

 軍を率いてきたシルウァヌス・プラウティウスとアウルス・カエキーナに対しては、別室に呼び、報告を聞いた上で注意を与えた。特にシルウァヌスはかつてのアウグストゥスの執政官同僚であり、属州統治の経験も豊富で、かつアジア地域で反乱が勃発した際にはその反乱鎮圧の指揮をとったベテランだ。彼には兵士たちの死を重く受け止め、多くの命を預る指揮官には、一瞬の油断も許されないことを改めて肝に銘じて欲しいと言った。このイリュリクムでの軍事行動において、中核となってもらわなければならないのだから、と。処罰はしなかった。



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