第七章 イムペラトル 場面二 軍団基地(八)
ティベリウスは、眠るどころかまだ仕事中だった。しかも、軍装姿のまま、乾パンとチーズを食べながら、ワインを飲みながら文章を書いている。とすると、入浴もまだなのか。ドゥルーススは「失礼します」と言って部屋に入った後は、邪魔をしないように黙ったまま、父が運び込ませたらしい寝台に腰を降ろす。ここで休みたいと言ったのはドゥルースス自身だったが、今は少し後悔していた。ただでさえ多忙な父の負担になりはしないだろうか。
ティベリウスは書き終えたらしい紙を、傍らの束の上に置いた。
「皆、部屋へ戻ったか」
「はい」
ティベリウスはようやく手を止め、ドゥルーススを見た。
「同席できずに悪かった」
「そんなことはいいんです。それよりも―――いつもそんな食事を?」
ティベリウスは苦笑する。
「いつもというわけでもない」
「父上は少し痩せました。お身体に悪いです」
総司令官ともなると、本来なら専用の料理人がついているものだ。だがゲルマニクスが言ったように、彼らはティベリウスによって傷病人の給仕に回されていた。自らはほとんど手のかからない質素な食事を従者に用意させ、寝椅子もつかわず、机で仕事をしながらそれを摂るのがほとんど毎日のことなのだそうだ。それでは痩せもするだろう。
ティベリウスは答えず、立ち上がった。
「少し見回ってくるが、お前も来るか」
「今からですか?」
ドゥルーススは驚いて尋ねる。
「疲れているなら、先に休むといい」
そういう意味で尋ねたのではない。ドゥルーススは「行きます」と言って後に続いた。ティベリウスは後に続こうとした従者を手で制し、ドゥルーススだけを伴った。部屋を出ようとして、ふと気づいたように「ルフス」と従者を呼んだ。
「ドゥルーススにマントを持ってきてくれ」
ドゥルーススは渡された藍色のマントをまとい、父に続いて宿舎を出た。外に出て、その理由が判った。夏とはいえ、この地の夜の空気は案外ひんやりしている。そういえば、早朝も結構寒かった。
ティベリウスはゆったりとした歩みで見張り台を回り、陣営内に立つ衛兵たちに声を掛け、更に病院を訪れて軍医に異状の有無を尋ねた。皆少しも驚かないところを見ると、いつものことなのだろう。いつもと違うことといえば、それこそ傍らにいるのが従者や軍団兵ではなく、ドゥルーススであるというだけで。