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第七章 イムペラトル 場面二 軍団基地(六)

 ドゥルーススは父の言葉通り、陣営に五日とどまった。軍団は、実際に戦闘に参加する者のみで構成されているわけではない。会計部門をはじめ、医療部門、技術部門など、相当数の司令部直属の事務方を抱えている。武器や衣服などの装備、それに食料などの調達を担当する会計検査官の青年が、軍団を案内してくれた。会計検査官は上流階級の子弟に軍団経験を積ませる上での取り掛かりとなる役職でもある。案内をしてくれた二十三歳の若者も、コルネリウスという、ローマでも名門の家系に属していた。名をルキウス・コルネリウス・スッラといい、昔の独裁官と同姓同名だ。個人名のヴァリエーションが少ないローマでは珍しいことではない。

「お目にかかれて光栄です」

 人懐っこい眸をした青年は、ドゥルーススをやや見上げる形で言った。六七ウンキア(一六〇センチ)そこそこというところだろう。ローマ人としてはそれほど低いともいえないが、ドゥルーススはこれだけは父譲りか、今では身長が七三ウンキア(一七五センチ)を超えている。ローマ人にしては長身の父と、もう二ウンキア(約五センチ)も違わない。

 スッラを案内役に、ドゥルーススは陣営を見て回った。整然と並ぶ歩兵隊宿舎、大きめに造られたいくつかの上級将官宿舎、司令部とほぼ同程度―――六五パッスス(九六メートル)近い長さを持つ病院、一般兵士用の浴場、厩舎、―――要塞のレイアウトはある程度統一されている。ドゥルーススは文巻(本)でしか見たことがなかったのだが、要塞は基本にほぼ忠実に、ローマらしい堅牢さと質素さで聳えていた。

 スッラはティベリウスのことを、まるで専門の行政官のようだ、と言った。

「本当に数字に明るいんです。特に食糧の確保についてはご自身で必ず確認なさるんですが、やり直しを命じられたことが何度もあります。この職務は三年目になりますが、あの方は本当に細かくて厳しい。絶対に気が抜けません」

 兵士たちの間で、ティベリウスの評価は極めて高かった。ほとんど崇拝に近い者もいた。それはドゥルーススがティベリウスの息子で、アウグストゥスの使者であるから、ということでもないだろう。お追従は不思議と肌で判るものだ。二年前にティベリウスが前線に復帰した時、兵士たちは文字通り泣いて喜んだのだとゲルマニクスは言った。何事も表現が大げさになりがちな従兄のことだから、正直なところドゥルーススは半分信じていなかったのだが、後で他の人間の話なども聞くと、どうやらそれもあながち嘘ではないらしい。

 戦場から遠く離れた首都から見れば、優柔不断とも臆病とも取られかねないほどの徹底した慎重さ―――「最小の危険が栄光への道」を信条とする総司令官を、兵士たちは皆心から信頼し、その下で戦うことを誇りとしていた。ただし父の性格上、一兵卒とも気軽に交わる、というわけにはいかなかったようで、兵士たちの「崇拝」には多少畏怖の感情も混ざっていたけれど。厳格な父親を尊敬する息子、といったところだろうか。

 従軍経験のないドゥルーススには、目に映る何もかもが新鮮だった。一糸の乱れもなく隊列を組んで出陣してゆく堂々たる軍団兵たち、規律正しく行われる生活と日々の訓練。兵士間で行われた葬儀にも、ドゥルーススは彼らに頼んで同席させてもらった。ティベリウスは傷病者を大切にしたように、死者をも粗末にはしなかった。戦場での遺体は可能な限り収容された。戦場での大量死であれ、軍団内の病院などで個別に死んだ者であれ、全ての遺体にローマ式の葬礼が与えられた。兵士たちの給与からは「葬儀組合」の分担金が差し引かれているので、費用はそこから拠出される。大きな敗北を喫した時など、時には荼毘の炎が何日も燃え続けることもあるという。逆に数が少なければ、同じ火葬でも少し手をかけたものになる。寝椅子に載せられた遺体は、要塞の外の主要道路の傍らへ運ばれ、そのまま薪の上に置かれて荼毘に付された。



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