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第七章 イムペラトル 場面二 軍団基地(二)

 ゲルマニクスの声は弾んでいる。ドゥルーススの両手を硬く握り、まっすぐに目を見つめてくる。

「元気か? 小ティベリウスは元気か? 母上は? アグリッピナとリウィッラは相変わらずなんだろうな。君には苦労をかけるよ!」

「みんな元気だよ。だが、ちょっと待ってくれ」

 続けざまに質問され、ドゥルーススは辛うじて言った。

「君に会えてぼくも嬉しいよ。話したいことはぼくにもたくさんあるが、今日はアウグストゥスの使者として、総司令官の下に派遣されてきたんだ。公務中なんだよ。先にそれを済ませないと」

 ゲルマニクスは笑った。

「相変わらず真面目だな、君は。じゃあぼくが案内してやるよ。司令部にいるはずだ」

「君、仕事は?」

「今日は待機の日だ。まあ、実質非番だよ。昨日まで三日ほどブルシ族との小競り合いに出てたんだが」

 言いながらゲルマニクスは、案内しようとしていた兵士に軽く手で持ち場に戻るよう合図した。兵士は真面目な表情で軽く敬礼し、踵を返した。ゲルマニクスはドゥルーススを促して歩き出す。親衛隊兵たちは後に従った。兵士たちは、明らかにアウグストゥスの使者と判るドゥルーススを、それぞれ敬礼で迎える。

 ゲルマニクスは、一見してずいぶんと逞しくなった。昨年のゲルマニア(ドイツ)戦役から実戦に参加するようになったせいもあるのだろう。冬に一度ローマへ戻ってきていたが、それまでは整った容姿のせいもあって「良家のボンボン」の雰囲気が抜けなかったゲルマニクスだったが、その中に少し芯の太い男の顔を覗かせるようになっていた。そう―――この兄は、人を斬ったのだ。ローマへ戻ってきたゲルマニクスは、ドゥルーススの部屋に酒とつまみを持ち込み、蛮族を何人斬り殺した、と得意げに語った。

 ドゥルーススは、まだ人を斬ったことがない。従軍可能年齢に達してはいても、ティベリウスはドゥルーススに軍団への参加を許可しなかった。父の下で戦う名誉を得たゲルマニクスが羨ましくもあったが、ドゥルーススにはドゥルーススの役割がある。

「君の父上は最高だよ!」

 ゲルマニクスは興奮した様子で言う。

「ぼくの養父上でもあるわけだけどさ。あれほど冷静で賢明な指揮官はいないし、あれほど部下を大切にする人もいない。とにかくあの人は何でも徹底してるんだ。君が従軍してないのが残念だよ。総司令官用の設備も従者も、一番活用してるのは誰だと思う?病人や怪我人だぜ!負傷者は総司令官用の輿で運ばれて、総司令官用の広い風呂で疲れを癒して、総司令官のコックに恭しく食事の支度までしてもらってる。さすがにあの人のベッドでは一緒に寝てないけど」

 ゲルマニクスはゲルマニアで従軍して以来、指揮官としてのティベリウスにはすっかり心酔してしまったらしい。それはドゥルーススにとっても嬉しいことだった。

 父には恐らく、軍団での生活が性に合っているのだろう。ゲルマニクスが語るティベリウスの姿は、家人や一族に対する父の態度と重なっている。自分の責任の下にある人々に対し、ティベリウスの配慮はいつも徹底していた。厳しさもあったが、放任したり見捨てたりすることは決してない。父は自分に厳しい。そして、自分に近ければ近いほど厳しい人でもあった。

 戦場から遠く離れた都では、優柔不断との謗りさえ受ける父。だが、恐らく兵士たちの間では、配慮の行き届いた、信頼される指揮官なのだろうと思う。

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