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第七章 イムペラトル 場面二 軍団基地(一)

 シスキア(シサク)はダーウィヌス河の三つの支流の合流点にあり、約五百年の歴史を持つパンノニア地方の古都だ。四十年程前にアウグストゥスが一万二千人の軍勢をこの地に派遣し、一ヶ月の籠城戦の末に陥落させたのだ。今ではボノニア(ボローニア)からアクィレイア(グラド)、そしてここシスキアへと街道が通っており、さらにここからシルミウムを経由して遠くビザンティウム(イスタンブール)までつながっている。―――もっとも、一部はまだ舗装工事を進めている段階ではあったが。

 ドゥルーススは早朝に馬で町に入った。厳戒態勢といったところなのだろう。ローマ人兵士の姿をあちこちで見かける。時間が早いせいか、一般人の姿はまれだ。

 むき出しの腕に、少し肌寒さを感じる。いくつもの河が街中を走り、その上ローマに比べるとかなり北方に位置するこの都市は、真夏とはいってもローマで言えば初夏といったところだ。こんな状況―――戦時下でなければ、避暑にはちょうどいい町だろう。使者としての威厳を保つために着けてきたマントが、ここに来て防寒の役に立ったようだ。

 町中からも、高い塀にぐるりと囲まれた軍団基地がよく見えた。もともとあった施設では規模の上で足りなかったらしく、隣接する形で急ごしらえの収容施設らしきものが建設されていた。それもやはりローマ軍の伝統に忠実に、周囲に深い塹壕が巡らされ、その奥に土と木で築かれた四メートル近い塀が基地をぐるりと取り巻いている。塀の上には等間隔で見張り台が立ち、兵士たちの姿がよく見えた。

 ドゥルーススは、石造りの塀に囲まれた方の軍団基地の前に立った。長槍(ビールム)を構えた兵士たちの間を通り、門をくぐった。頑丈な兵舎が整然と並んでいる。恐らくここでは積雪も相当なものになるはずだ。門からはまっすぐに主要道路(ウィア・プラエトリア)が通り、中央付近で長方形の基地を横から貫く第一道路(ウィア・プリンキパーリス)にぶつかり、T字路になっている。そこに石造りの司令部(プリンキピア)が堂々たる構えで立っていた。

「ドゥルースス!」

 思いがけず耳にした聞き覚えのある声に、ドゥルーススは驚いて声の主を見た。

「ゲルマニクス?」

 今は兄となったゲルマニクスは、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。薄い鉄板を皮紐で組み合わせる形の「キュイラス(胸甲)」と呼ばれる最新型の鎧を身に着けている。これはリングを組み合わせる形の鎖帷子(メール)よりもずっと軽く、製作も容易だ。何せ鎖帷子は―――ドゥルーススも身につけてみたことがあるが―――、二十ポンド(六・五キロ。一ローマポンドは三二五グラム)はあるのだ。そしてドゥルーススはといえば、第一人者の使者という立場上、親衛隊兵たち同様にやや格式ばった衣装を身につけている。紋章が掘り込まれた銀色の胸当てに、分厚い羊毛で出来た深い藍色のマントをまとっており、馬にも相応の装飾が施されている。

「何て日だ! まさか君に会えるなんてな! 夢じゃないだろうな?」

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