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第六章 属州の反乱 場面五 元老院(一)

「敵は十日の距離にいる」

 アウグストゥスの声が、ユリウス議事堂の空間に響き渡った。議員たちは一様に緊張した表情で、ある者は老いた第一人者を、ある者は席の執政官を見つめ、ある者は不安げに囁きを交わした。

 ドゥルーススは、神祇官ピソと並んで議員席に腰を下ろしていた。当然まだ元老院議員ではなく、あくまでも特例だ。本来なら、傍聴は出来ても議員席に着くことなど許されないが、アウグストゥスが許可したのだ。

 アウグストゥスは自身の持ち物である大きな一枚物の地図を役人に広げさせ、場所や都市を示させながら話を続けた。

「カルヌントゥムにあるティベリウス・カエサルはこの報に対し、直ちにメッサラ・メッサリヌスをダルマティアへ急派し、自らはローマ本国の盾となるべくシスキアへ南下する意志を伝えてきている」

 ひそひそと囁きが交わされた。それも無理はない。シスキアはダーウィヌス河の支流、サーヴァ河沿いの一都市だが、ダルマティアとパンノニアのちょうど狭間にあたる。敵地のど真ん中だ。

「我々は一致団結してこの事態に当たらねばならぬ。どうか議員諸兄の叡智をここに結集していただきたい」

 ドゥルーススは、普段は退屈な議論が延々と交わされることも多い元老院が、この危機に対して見せた動きには正直感動した。活発な質疑が交わされ―――確かにその中には、動揺の余り失笑ものの演説もなくはなかったのだが―――、ティベリウスへのパンノニア・ダルマティア戦線に対する指揮権の付与、退役兵の再召集、志願兵の募集と成人男子のリストアップ、緊急ではない事柄に対する公費の投入の停止、戦争税の導入(奴隷の売買に二パーセントの税金がかけられることになった)、といった提案が次々に一般の議員の間からも出され、採択された。東方からの軍団の移動も提案されたが、時期尚早と退けられた。

 ドゥルーススは一つ一つの発言や提案の内容とその発言者を記憶に留めようと努めた。六百人の議員たちの核となる男たちだった。グナエウス・ピソや執政官のひとりルキウス・アッルンティウスなどは、いきなり核心に切り込むような発言の仕方をする。それに対して同じく執政官のレピドゥス、神祇官ピソといった人々は、まず発言の要点を簡潔に述べてから、議員たちの反応を見ながら丁寧に説明していく。中には法廷闘争さながらの、人々の感情に訴えるような煽動的な発言の仕方をする者もいた。典型的なのはアシニウス・ガッルスだ。彼はドゥルーススの母ウィプサーニアの二度目の夫で、彼女との間に数人の子供をもうけている。ドゥルーススの異父兄弟たちだった。

 ダルマティア・パンノニアで蜂起した人々の数を、レピドゥスは八十万と言った。そのうち、武器を手に戦う者の数、およそ二十万。八十万―――確かに大きな数だ。だが、ローマはローマ市内だけで八十万の人口を抱える。イタリア半島で八百万、全属州を合わせれば四五〇〇万を超える一大国家なのだ。もちろん人口だけで単純に比較することも出来ないが、かの属州とは国力が違う。負けるはずがない。たとえ幾度かの敗北を蒙ることがあったとしても、必ず巻き返せる。それは確信に近かった。



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