第六章 属州の反乱 場面四 族長マロブドゥス(二)
「マルコマンニ族長マロブドゥスよ」
「堅苦しい呼び方はよしたまえ、ティベリウス」
マロブドゥスは苦笑したようだった。そしてその口調のまま、静かに続ける。
「こんな形ではなく会いたかった」
「………」
再び沈黙が降りる。どこかでどさりと雪が落ち、鳥が鳴いた。マロブドゥスはちょうど湖に出てきた場所から半周した辺りで足を止め、ティベリウスを見る。
「ローマは、我が一族の存在を許さないようだな」
「………」
「レーヌス河を逐われた我々が、この地に移って十五年になろうとしている。既に十五年というか、わずか十五年というか―――再び超大国ローマにとって脅威と映るほどになったことを誇るべきか?」
一度はローマと戦い、敗れたマルコマンニ一族だ。住み慣れたレーヌス河を去り、新しい土地に移った一族を、この族長は見事にまとめ上げ、以前にも勝る繁栄を築き上げたのだ。
マロブドゥスは抑制した口調で言った。
「君たちのいう「文明化」を受け入れぬ蛮族には、何をしようと許されるのか。侵略者よ、わたしは挑発されぬ限りローマに対して決して弓引かぬと約束し、そして事実そうしてきたはずだ。その返礼が、三方から我々に長槍を向ける五万の大軍か。それが、文明の民ローマ人の礼儀か」
マロブドゥスはティベリウスをじっと見つめている。言葉の烈しさとは裏腹に、この旧友の表情はむしろ静かだった。
ティベリウスは少し間をおいて口を開いた。
「………釈明の言葉もない。もし何事もなければ、わたしは一月後にはダーウィヌス河を越え、君たちの領地に攻め込んでいただろう」
族長はほとんど瞬きもせずにティベリウスを見つめている。
「怒りを捨ててくれとは言わない。だが、族長マロブドゥスよ、どうかその憤りを抑えて、この機をわたしに預けてくれ。ローマと君たちとの間で協定を結び、互いに友好国として共存の道を歩みたい」
マロブドゥスはちょっと笑った。
「ムシのいい話だな。もう一度言うが、戦争は仕掛けぬと約束していた我が一族に、剣を突きつけたのはそちらだぞ。それを、属州が反乱を起こすや、手のひらを返して友好協定を結びたいとは」