第六章 属州の反乱 場面三 森の民(五)
「カエサル」
周囲を睨みつけながら、ドミティウスが囁く。その時、マロブドゥスが何か一喝した。それに傍らの少年も続けて怒鳴る。
「静かにしろと言っています」
ドミティウスが小声で言った。
騒ぎ立てる声はすぐにトーンダウンし、立ち消えた。
「剣を収めろ」
マロブドゥスはほとんど声を張り上げもせずに命じる。全員が剣を鞘に収めた。
一呼吸おいて、マロブドゥスはゆっくりとティベリウスに歩み寄ってきた。剣をティベリウスに返してくる。
「お返しする」
「預けておく」
答えると、マロブドゥスの頬の笑みが深くなった。
「何故かね。敵意がないという意思表示ならいらぬことだ。あなたの武勇は耳に聞こえているが、それでもこの人数を相手に剣を抜けば、生きて戻れるとはバカでも考えるまい」
ティベリウスは黙ったまま、マロブドゥスが差し出してくる長剣を受け取り、腰に差した。
「フラウス」
「はい」
マロブドゥスが呼びかけると、ずっと傍らにいた少年が答える。
「そなたのみ、松明を持ってついて参れ」
「はい」
「皆、ここで待て。通訳殿には失礼のないように」
「待ってくれ」
ドミティウスはラテン語で言った。
「わたしも同行する」
「来る必要はない。わたしがラテン語を学んだのは十五年は昔になるが、それほど変わってもいまい。息子は最新のラテン語を解する」
マロブドゥスは冗談のような軽い口調で言う。
「ドミティウス」
ティベリウスも言った。
「族長の言う通りにしろ」
「総司令官殿」
「決して軽はずみな行動をするな」
ティベリウスは低く囁いた。ドミティウスはティベリウスの目を見つめ、「はい」と答えた。